「辻沢ノーツ 43」(焼死人の正体)
サキは森を出てからもずっと無言で、あたしたちはひたすらバス通りを駅に向かって歩いていた。
途中でサキがコンビニに寄ったのであたしは外で待ってた。
その間、裏の駐車場でボサボサ頭の女子が街灯の下で何かの練習をしていた。
ボールは持ってなかったけど辻女のユニホーム着てたからバスケだと思う。こんな夜中に?
サキがようやくコンビニから出て来た。
相変わらず無言であたしのことは無視したままバス通りを歩いて行く。
周りは田んぼなのに、通り過ぎる車がたてるタイヤの音以外は微かに虫の声がしているだけだった。
この時期、カエルの大合唱がない田んぼって変なの。
「カエル鳴いてないね」
「蛭人間が全部喰っちゃうからね」
反応あった。
「着ぐるみが?」
「あれはY・S・Sの宣伝用。血を求めて辻沢中を彷徨ってるのがほんもの」
「カエルの?」
「カエルも」
「え?」
「え?」
また、サキは無言にもどってしまった。
蛭人間がカエルを食べるって。ずいぶんと生臭い話だと思った。
三叉路に来た。ここを右にまっすぐ行けば駅だ。遠くに街の灯りが見えている。
「じゃあ」
とサキが手を挙げて駅とは違う道に歩き出した。
「どこ行くの?」
「ついてくんなよ」
そう言うわけにはいかない。一人だと何に遭うか知れないから。
田んぼの中の一本道をしばらく行くと集落に入った。
暗くて街並みはよく分からなかったけど、ある家の門を見た時ようやく気が付いた。
そこはSさんのお宅だった。最初の宿泊予定地だ。
サキはSさん宅の脇の道に入ると、裏の林に向かって歩いて行く。
どうやら、あの離れに行くつもりのようだ。
久しぶりに目にした離れは竹藪の中で黒い影になって静かに建っていた。
あたりにドクダミの匂いがしている。
サキは離れの玄関の前に来るとポケットから鍵を出してドアを開けた。
「入りなよ」
あの時、サキがここがいいってしばらく粘ったのを思い出した。
ひょっとしてミヤミユも一緒?
と思ったけれど、中は真っ暗で誰も居ないようだった。
玄関に立つと生活の匂いの他に初めの時に感じた饐えた匂いも残っている気がした。
サキが靴を脱いで上がって「どうぞ」と言ったので、あたしも靴を脱いで上がる。
左手の部屋の電気が付くと、ちゃぶ台の周りの床いっぱいにサバイバルグッズや武器類が置いてあるのが見えた。
サキはそのまま右手の部屋に移動すると、畳の上に足を投げ出して座った。
そこはきれいに片づけてあって何も置いてなかった。
「叔母さんが住んでた。半年前まで」
サキのお母さんの双子の妹で、その人が焼身自殺の当人だったそう。
「浮浪者じゃないし、行旅死亡人でもないよ」
サキは畳を指でこすると指先に付いたほこりを口で吹いて飛ばした。
「ウチが小さいころは可愛がってくれて、ウチも大好きだった。でも最近のことは知らない」
何年も前に疎遠になったという。
「引き籠りだったらしい、大人なのに」
サキはそう言うと台所に立ってお湯を沸かし、カップラーメンの用意を始めた。
あたしにもとんこつ味とシーフード味とを勧めてくれたけどお腹が減ってなかったからどちらも断った。
サキはとんこつ味にお湯を入れて、ちゃぶ台の所まで持って来て置くと、1分も経たずに蓋を開け、バリバリと音をさせて食べはじめた。
「博多じゃ、全然茹でない麺のことハリガネって言うんだって」
ふーん。
「あの後さ」
あたしとホテルで分かれた後のこと。
「ノタのスマホにユウっていう名前で着信があって」
あの時スマホ知らないって聞いたら知らないって言ったよね。
「ノタを誘い出すつもりだったらしいんだけど、気づかれて速攻で切られた」
人の電話に勝手に出てるし。
「それはいつ?」
「先週の木曜」
Nさんが亡くなる前だ。
「で、今日ノタから電話あったから今度はノタに成りすましてウチを誘い出す気だと思ってね。ミユウの時みたく」
ミヤミユを誘い出したのはあたしじゃないって分かってたんだ。
あの時は疑ってごめんね、とかはなし?
「運営に取り入るチャンスだった。このままオーディエンスしてても何も進展しないし、向う側の人間になれればディープな情報も開示してもらえると思って」
それで、運営会社に情報を流した。ユウは懸賞金かかってるから。
「で、今ココ。どうしよ、これから」
そんなの知るわけない。
泊まって行けばと言うのを断って、Aさん宅に帰ることにした。
「これ、リュック。中は見てないよ」
電話は出たけど?
携帯やっと戻って来たからミヤミユに設定してもらったゴリゴリホンは明日にでも解約しよう。
一人で帰ると言って出て来たけど、真夜中に暗い道を歩くのは勇気がいった。
林沿いの道を通る時、暗闇の奥から蛭人間が狙ってないか気が気でなかったし、丁字路の叢から砂漠のゾンビ旅団やユウが手を振ってるような錯覚を覚えた。
しばらく行くと猫分川の土手に出た。猫分川は上流で名曳川と別れて辻沢を舟形に囲うもう一つの川だ。
河原を吹きわたって来た風で一気に汗が引いて行く。土手の上は月が明るく照らし遠くまで見渡せた。
この道をずっと歩いて行ったらどこに辿りつくんだろう。
このまま誰にも会わないで、どこにも行き着かなかったらどうしよう。
でも、それはそれでいい気がした。
これまでずっとそうだったから。
街の明りが見えて来るにつれ、ちらほら人と行き違うことが多くなってきた。
急にフジミユと話したくなった。
戻って来たスマホで電話を掛けようとしたら電源が切れていた。
かわりにゴリゴリホンでミヤミユにメッセージする。
[ クロ(何してる?)
ミヤ(寝てた。クロエは?)
クロ(歩いてる)
ミヤ(夜中だぞ)
クロ(もうすぐAさんちだから)
ミヤ(何かあった?)
クロ(何もないよw)
ミヤ(平気?)
クロ(ミヤミユこそ本当に平気?)
ミヤ(何のこと?)
クロ(何でもない)
クロ(もう着いた)
ミヤ(はよねろヨ)
クロ(うん。おやすむ)
ミヤ(おやすみ)
]
そこは「おやすむ」だよ、ミヤミユ。
どうやらこのミヤミユは、あの時のやりとりを忘れてしまったらしい。
街に入ったら、数人の集団が頭にすり鉢をかぶって大声で叫びながら大通りを駆け抜けて行くのが見えた。
この辻沢という町は、やっぱりどこかおかしい。
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