「辻沢ノーツ 32」(ラブホにミヤミユ?)

 JKたちがバスを降りてしばらく行くと車窓に大きなカーブが見えてきた。


ここが大曲で、曲がり切ったところから池を遙か下に見る雄蛇ヶ池大橋で、ヤオマンホテル・バイパス店はその曲りはなにある。


〈次はバイパス大曲交差点。ヤオマンホテル・バイパス店へお越しの方はこちらでお降りください〉


(ゴリゴリーン)


 バスを降りるとバイパスの向こう側にお城の形をした建物があってすぐ分かった。


なんだかいかがわしい系のホテルっぽいけど、ほんとにミヤミユあんな所に泊まってるの?


 向う側に行くにはバイパスの下を通る地下道を使わなければならなさそうだった。


地下道に下りると、外の暑さからは考えられないくらいヒヤッとしている。


電灯はついているけどぼやっとして暗いし、じめついていて床にはところどころ緑の苔のようなものが浮いていて汚らしい。


通路の真ん中で交差している横道は、どこに通じているか先の方が暗くて分からなかった。


急ぎ足で地下道を出る。温かいお日様のおかげで元気が戻って来たような気がした。


 正面に見えた派手目の門をくぐってホテルの敷地に入る。フロントどこだろ。


階段登って玄関入ると待合みたいなロビーがあって、コーナーのこじんまりしたのがフロントか。


カウンターに呼び鈴がなかったので奥に声を掛ける。


「すみません。あのー、すみません」


 奥から出てきたのは頭の禿げたおじさんで、目がドロッとしててなんだか気味が悪い。こういうところによくいるタイプの人だ。


「勝手に上がりなよ。部屋知ってんだろ。あんた新人かい?」


「新人って?」


「デリだろ。俺もあんたにお願いしたいもんだね。いくらだい? 高いんだろ?」


 あたしのタンクトップの胸元をジトっと見てきた。


「違うし。風俗じゃないから」


「あっと、これは失礼しました。えっと、休憩ですか? お連れの方はどちらに?」


「それも違う」


「なら何?」


「人を訪ねて来ました。905号室の人に会いたいんです」


「905号? そんな部屋番号ないよ。あんた。ひょっとしてヤオマンホテルを訪ねて来たとか?」


「そうです」


 おじさんはクククと笑いながら、


「よくいるんだよね。あんたみたいなの。間違ってるよ。それはこの裏だ。ここはシャトー大曲。ラブホだよ。外観で分かると思うんだけどねぇ」


 いっそいで外に出てきた。スゴク恥ずかしかった。


照りつける夏の太陽がやけに痛く感じた。


 シャトー大曲を出て坂を少し上がったところにヤオマンホテル・バイパス店はあった。


コナラ林に囲まれた落ち着いた感じのホテルだった。


やっぱミヤミユがいるのはこういう所だね。


 さっきのことがあったからフロントをスルーして部屋に直行した。


確かに905号室っと。


(ゴリゴリーン)


「はい」


 ドアの向こうでミヤミユの声がした。


しばらくバタバタしている気配がしてから、やっとドアが少し開いた。


「クロエ?」


 隙間に顔を持って行って、


「そうだよ。お久さ」


「ちょっと待って」


 一旦ドアが閉まってガチャガチャ音がしたあと、今度は大きくドアが開いて、カレー☆パンマンの黄色いパーカーを着たミヤミユが立っていた。


「いらっしゃい。よく来たね」


 部屋の中はちょっとムッとしてるけど、山椒の鉢植えがあちこちに置いてあってさわやかな香りがしている。


「これ」


「うん。手伝った農家でもらった。山椒にも、木の芽を採る葉山椒以外に実を採る辻沢サンショウ、朝倉サンショウ、ぶどうサンショウっていろいろ種類があって、その中でも、優秀系統の止々呂美系、北斗系……」


「元気だった? ミヤミユすごい痩せたね。それに日に焼けて真っ黒」


 なんかフジミユ化してないか?


「そう? 農作業ばっかだからかな」


 全体的に引き締まった感じする。


「フィールドワークっていうより夏のアルバイトだよ、マジで」


「ラボールはどこ行った」


「それな」


 会ってない間のことを話して盛り上がった後、今あたしが置かれている状況とサキが変な誤解をしてることを聞いてもらった。


 ミヤミユは少し考えてから、


「あたし雄蛇ヶ池なんて行ってないし。その写真って本当にあたしなのって思う」


「というと?」


「顔よく見た? カレー☆パンマンのパーカー着てる人、結構見るんだよね。辻沢で」


 そう言えばサキに写真を見せられた時、あたしの顔ばかりに目が行ってたから、ミヤミユの顔をきちんと見たか自信がなかった。


 黄色いパーカーを着てるのと髪型が同じってところでミヤミユと判断しただけだったような気もする。


「それに望遠っていうのも変だよね。サキが見てたんなら声かければいいじゃない」


「そっか。つまり撮ったのはサキじゃない」


「そう、誰かが紛らわしい写真をサキに送った」


 何でそんなことする必要があるんだろう。


サキの目を騙してあたしと仲違いさせて何がしたいんだろう。


それにユウが関わってるとすると……。わけわかんない。


「二人で考えててもしかたないから、サキに直接聞いてみるよ。その間にシャワー浴びてきたら」


 ありがとう。もう自分のニオイが我慢ならなかった。




 シャワーをしているとノックの音がして、ミヤミユが外から、


「あたし、ちょっとコンビニに行って来るね。着替えここに置いておくから」


「分かった。ありがとう」


「食べ物買って来るけど、何がいい?」


 そういえば、昨日から何も食べてなかった。


何でもよかったけど、とりあえず喉が渇いてたから飲み物だけ頼んだ。


 身体をバスタオルで拭いて外に出ると扉の前のスツールにパーカーとデニムが置いてあった。


下着は履いていたものを付けたけど出来れば変えたかった。


 ミヤミユの部屋は9階だけあってとても眺めがいい。


宮木野バイパスを背にして立っているせいで、街中からはあまり感じられない辻沢の郊外の広がりが一望できた。


さらに遠くには辻沢の山間部が見える。


あのどこかに四ツ辻があるはずだった。


いろいろあったから、あのフィールドに再び戻れるか心配になった。


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