「辻沢ノーツ 33」(謎の常態復帰)

 ドアの鍵を開ける音がした。ミヤミユが戻って来たのだった。


「下着買って来たよ。サイズはMでよかったよね」


 ありがとう、ホントに。


 大きなコンビニ袋には食料がたくさん入ってた。お赤飯と海苔なし塩おにぎりがいくつか。


 お茶のペットボトル。


最近出たばかりのオレンギーナ・スカンポ。


あたしは飲んだらお腹ギュルギュルいうから、これはそっち。


それから、冷したぬきうどんにつゆだく温玉とろとろ牛丼。


辻沢定番の山椒風味のポテチ。


こんなことしてもらって申し訳ない。


ここにいたら迷惑がかかるから、調査を一旦切り上げて東京に帰ろうかな。


とりあえず帰りの電車代だけは融通してもらわないといけないけど。


「そんなこと気にしないでいいよ。


お金ならあとで返してくれればいいから。


部屋もツインに変えてもらって一緒に調査続けよ。ここケッコー安いんだよ」


 そう言ってもらえるのはありがたいけど、あたしの手元には調査道具一式がない。


半月をかけて採録した四ツ辻の皆さんのお話が入ったハードディスクも、書き留めたあたしの『辻沢ノート』も、それを作成していたPCもなくなってしまった。


 ユウに会うことが出来たら、PCは戻ってくるからあたしの『辻沢ノート』を書き継ぐことができるかもだけど、スマホをなくした今となっては連絡のしようがなかった。


 ミヤミユがお赤飯のおにぎりの包装をとって、あたしに差し出してくれながら、


「サキ、納得してた。クロエに謝っといてって。電話する?」


 話をしておいたほうがいいとは思ったけど、今、話をしてもサキとのわだかまりが取れるとはどうしても思えなかった。


「いいや。スマホ戻ったらメッセージする」


 ついでにおにぎりも断ったら、


「そう」


 と言ってミヤミユはそれを自分で食べた。


あたしはお茶のペットボトルをもらって口に含む。


口の中が嫌な味がしてどうしても吐き出したくなった。


「そうだ。歯磨き、フロントでもらったの洗面に置いてあるよ」


 いたりつくせり。


口にお茶を含んだまま洗面に行き、それを吐き出した。


お茶とは思えないようなドロドロした液体が洗面にぶちまけられた。


口の中に指を入れてみると、奥歯がぐらぐらしていて血の味がした。


おそらく昨日やられたのだろう。散々だった。


 洗面についた赤い飛沫を丁寧に洗い流して部屋に戻ると、ミヤミユが冷したぬきうどんを勧めてくれた。


せっかくだったけど、血の味がしそうなのでそれを断った。それにさほどお腹も空いてない。


 結局ミヤミユだけ食べて、残りは備え付けの冷蔵庫にしまった。


「用があったんだよね」


 ベッドに寝そべって山椒風味のポテチをパリパリしながらTVニュースを観ているミヤミユに話しかけると、


「顔見たかっただけだよ」


 と言った。


そうなんだ。


どうしてあたしがあのホテルにいるって知ってたかは聞かないことにした。


 ミヤミユは、農作業のお手伝いがあるからと、昼過ぎに出かけると言う。


「掃除が入る時間になっても開けなかったら中にいられるから」


 とのことだったので、疲れてもいたし残ることにしてドアのところで見送った。


今日は早めに戻るから部屋にいて、久しぶりに一緒にご飯しようって言われた。


 ミヤミユが出て少ししたら部屋の電話が鳴った。


外線のマークが光っていた。受話器を取ると、


「窓の外見て」


 ミヤミユの声だった。


部屋の窓から下を見ると坂の途中でミヤミユが手を振っていた。


「絶対外出しないでね」


 念を押された。


 ベッドでTVを観ながらゴロゴロ一時間経って、やっぱり外出することにして部屋を出た。


確かめたいことがあったから。


 鍵はミヤミユが持って出てたので、フロントを通らずに外階段から出た。


そのままバイパスまで歩いて行って辻沢駅行きのバスが来るのを待つ。


 しばらくしてバイパスの大きなカーブをバスが車体を傾けながらやって来た。


「西廓3丁目まで」


(ゴリゴリーン)


 バイパスから街に入り宮木野神社を過ぎて3つ目がAさん宅の最寄りのバス停だ。


バスを降り少し高台になった方向に歩いてゆくとやがて門や石垣、植込みが立派な町並みになる。


坂を上り切ったところのお屋敷の2階のテラスで大きな犬が猛烈に吠えていて、それに気を取られているうちにAさん宅の門の前に来ていた。


Aさん宅は前と変りなかったしサキが言うような幽霊屋敷には全然見えなかった。


呼び鈴を鳴らす。


(ゴリゴリーン)


 返事がない。


もう一度、ゴリゴ、


〈はい、どちらさまでしょうか?〉


 Aさんでも、お嬢さんでもない女性の声だった。


「ノタクロエと申しますが」


〈ノタクロ様。お帰りなさいませ。ただ今門をお開けしますので、少々お待ちください〉


 聞き慣れたくぐもった音をたてて門が開いた。


白いスロープが屋敷の中にあたしを誘っているように見えた。


玄関で出迎えてくれたのは、まったく見たことにない女性でここの家政婦だと言う。


「すみません。あたしのことをご存知ですか?」


「以前から存じておりますよ。奥様からノタクロ様が戻られたらお部屋にお通しするように言われています」


 じゃあ、この人が見えない家政婦さん?


「いつもお食事をご用意いただきありがとうございました。とってもおいしかったです」


「いえいえ、たくさん食べていただいてやりがいがありましたのよ。こちらの皆様はどなたも食が細くていらっしゃるものですから。お坊ちゃまなど、あのご様子でしょう。本当になにもしてあげられなくって」


 やっぱりそうだ。結構しゃべる人だったんだな。


品があってどことなくAさんにも似てるから身内の人なのかも。


総じてこの家の人はキレイってことで。


 前いた部屋に案内された。


部屋の様子も元のままで、しかもびっくりしたことにユウが持ち去ったはずのあたしの荷物がベットの横に置いてあった。

 

一人になってから何か無くなった物はないか開けて見た。


大急ぎで荷造りしたので中は元からぐちゃぐちゃだったけど、見た感じ無くなったものはなさそうだった。


ノートPCもあって、ハードディスクの内容も変わりない。


それと、カバンの底に隠しておいた予備の現金も無事。


これでミヤミユに迷惑を掛けずに調査を続けられる。


 夕方になって。Aさんが戻られて、


「この間は申し訳なかったですね。


あの子のことになると私も取り乱してしまって。


あのあとすぐにあの子も落ち着いて、あなたをホテルに呼びにやったんですけど、フロントに行き先は分からないと言われて困っていましたのよ」


「あたしの荷物はどうしてここに?」


「いえ、それがね。次の日の朝だったかしら、門を開けたら外に置いてあったとかで、ねえ、そうでしょ」


「はい奥様。ハイヤーが積み忘れたのかと」


「そんなはずないじゃない。何かの事情があって荷物だけ持って帰って来たんだろう、だから、きっと戻っておいでだと思って部屋に上げておいたのです」


「そうですか」


「不愉快な思いをさせましたのに、こんなことを申し上げるのもなんですが、予定通りに最後までいらしてくださいね」


 予備のお金があるにしろ宿泊費を考えると途中どこかで帰らなければならなさそうだった。


だから少しズーズーしいとは思ったけれどAさんのお言葉は渡りに船だった。


あたしはまた四つ辻のフィールドに戻りたい。


「ありがとうございます。大変たすかります」


 明日からまたここを拠点に調査を再開できる。ミヤミユに連絡しなきゃ。


―――――――――――――――――

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