「辻沢ノーツ 13」(宮木野ってヴァンパイア?)

 駅前まで戻って、バス停横のヤオマン珈琲で軽くお昼を食べてから辻沢の街を見て回ることになった。


最初はやはり、調査の安全祈願も兼ねて鎮守社にお参りだ。


 辻沢の鎮守社は二つある。


一つは駅前の交差点を西に真っ直ぐ行った突き当りにある宮木野神社。


もう一つが東の突き当たりにある志野婦神社だ。


両社を繋ぐ道が町の目抜き通りとして発展してきたのだ。


そして祭のクライマックスは二つの神社から出御した山車を氏子たちが赤い縄で曳いて往来し、それぞれの神社に入れ替わる「宮替わり」。


宮木野神社の山車が志野婦神社に、志野婦神社の山車が宮木野神社に入って祭りは終わる。


 まずは姉の宮木野さんからご挨拶に向かう。


祭礼の幟がはためく沿道は露店が連なっていて、歩道は祭を待ちきれない人で溢れかえっていた。


尻を絡げた法被姿に混じって、ヴァンパイアの格好をした女性の姿もちらほらあって、独特なこの祭の雰囲気が生まれつつあった。


日本古来の祭の風景に、さらに沢山のヴァンパイアが交じったらどんなか、今から楽しみ。


 宮木野神社の駐車場はいっぱいで、随分待ってなんとか端のスペースにバモスくんを停めることが出来た。


駐車場からすでに人が多かったので大体予想はついたけど、境内は早々に営業を開始した出店のせいで大勢の人がひしめき合っていた。


本殿を目指す人の流れについて進む中でも、チラホラとヴァンパイアが目に入る。


あたしが、


「コスプレする?」


 と言うと、少し前を歩いていた鞠野先生が、人の頭越しにこちらを振り返り、


「しといたほうがいいよ。やると見るとではぜんぜん世界が違うから」


 それはそうだろうけど。


「あたし、します」


 ミヤミユが手を挙げた。思わず顔を見ると、


「祭にスーツは似合わないし」


 と言ってはにかんだ。


少し行くとドラキュラ焼きの露店があったので、調査にかこつけて食べる気満々で並んでいると、


「姐さんたち、社畜コスかい? やばいね」


 と、イカ焼きのタオル鉢巻ニキから声が掛かった。


 日本的祭りにヴァンパイアの異質さ以前に実は自分たちの方こそ悪目立ちしていることに今になって気づく。


なるほど祭にスーツは似合わない。


ちなみにドラキュラ焼きは牙とマントが焼印された、ただのどら焼きだった。


ミヤミユはもうひと工夫欲しいねと文句を言っているけど、5つも買って食べていた。


 歩いていて気がづいた。制服を着たJKが結構多い。


それがだいたいヴァンパイアメークをして、どこかしらにヴァンパイアアイテムを付けている。


なるほどこれはヴァンパイアコーデだ。


そうして見ると、ヴァンパイア率はこの時間帯としてはケッコー高いんじゃないだろか。10人に1人くらい? 


おー、何げに調査目線になってる。あたしって意識高い。


 みんなで参拝したあと、おみくじを買った。まったくの普通のおみくじで、辻沢らしくせめて山椒を絡めてあったらいいのにと言うと、ミヤミユが、


「山椒おみくじとか?」


「そう、文がピリリと辛いやつ」


「運勢。一周回って凶」


「それ、前から凶だったんじゃん」


「恋愛。己の顔見て望め」


「恋愛。草生える」


「ピリ辛とかいうレベルでない」


「もともこもなさすぎ」


 ミヤミユとわちゃわちゃしていると、鞠野先生が、


「宮木野さんは山椒不入なんだよ。持ち込むのもダメ。山椒の木の下で死んだと言われてるからね」


 町役場のロビーの像を思い出した。


そういえばサンショウの木の下で寝てたな。


 境内の端のほうに舞台みたいな建物があって、その脇の大きな碑の前で鞠野先生が立ち止まった。


それでみんなが足を止めると鞠野先生が碑文の説明をはじめた。


「この碑は明治になって建てられたもので漢文で厳しく書かれてあるけど、よくある怪談話でね。知りたいかい?」


「「「知りたいでーす」」」


 言わずもがなだしょ。


「戦国時代、青墓という場所に才芸に長けた遊女がいて、名を宮木野と言った。


ある武士に身請けされ妻になるも、武士が留守をしてる時に盗賊に襲われ殺される。


後日、悲嘆に暮れる武士の元に宮木野の幽霊が現れ、自分は辻沢に転生したと告げる。


武士が辻沢を訪ねると宮木野に生き写しの子供がいて武士のことを覚えていたという。


江戸時代の仮名草子、『伽婢子おとぎぼうこ』にもこれとそっくりな話が載っている。


まあ、宮木野神社の寺社縁起といったところだね」


「寺社縁起?」


 ミヤミユの袖を引いてみる。


「そのお寺や神社の創建の由来を語るもののことだよ。隅田川から出現した観音様を祭るために出来たのが浅草寺っていうのとかがそう」


 なるほど。


「でも、ヴァンパイアだったとは書かれてないんですよね」


 ミヤミユが鞠野先生に聞いた。


「ヴァンパイア云々は口伝だからね。それに神社側は認めていない」


「この話が元になったんでしょうか?」


「どうかな、この話自体が後付けくさいからな。


もしそうなら、死んで幽霊となって現れた、あるいは生まれ変わったというところが、不死の者=ノスフェラトゥー=ヴァンパイアと変換されたと考えられるけどね」


 あたしは前から気になっていたことを聞いてみた。


「先生はヴァンパイアのことは調べなかったんですよね?」


「いいや、僕も多少は調べたよ。深追いはしなかったけど」


「何でですか? 面白そうなのに」


「確かに面白い。しかし、その時はそう思わなかった」


「どうしてですか?」


「何でだろう。そうだな。多分、同期で先に調査をしているやつがいたから、かな」


 それって四宮浩太郎のことかだろうか。


でも、『辻沢ノート』にはヴァンパイアのことは書かれてなかったはず。


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