「辻沢ノーツ 12」(ダル神様)
一から候補地を探そうにも、鞠野先生も心当たりがないらしかった。
昔お世話になったお宅も代替わりしてしまってつてがないらしい。
さらに困ったことには、頼みの教頭先生が急な出張でお留守だった。
「君たちスーツなことだし、これからお葬式に参列してみようか」
唐突に先生が言い出した。あたしたちが何も言わずにいると、
「いやね、古い知り合いの葬式がこれからあってね、出ないつもりだったけど時間が出来たから行こうかなって思ってね」
「それって、あたしたち出なきゃダメな案件ですか?」
ミヤミユがすかさず疑念をさしはさむ。
「そんなことないよ。ただ辻沢のお葬式はちょっと変わっててね、しかも今も土葬だって言うと見てみたい気にならないかな」
あたしは結構興味が湧いてきた。
フジミユの調査している地域は土葬の風習があるって話してくれたことがあって、それを聞いた時、この国って奥深いなって思ったことがあったから。
「それはどちらなんですか?」
ミヤミユも行く気になってるみたい。
「四ツ辻というところで、あの山の方だよ。いまからバモスで飛ばせば間に合う」
バモスで飛ばすってところがそもそも無理ゲーだけど、鞠野先生の勢いに押されてミヤミユとあたしは賛成した。
サキは渋面で明らかに嫌そうにしているけど、今朝のこともあってバモスの後部座席でおとなしくしていた。
のらりくらりとバモスくんで走ること30分。
ようやく田んぼの中の一本道が山道へと変わってきた。
しかし、綴れ織りの山道をバモスくんで登るというのが間違えだったのかも。
何度もエンストを起こして、その度にあたしたちが降りて押す羽目になった。
こんなことでお葬式に間に合うのか。
鞠野先生に聞くと、
「ああ、始まってるけど大丈夫だよ」
気の抜けた返事が帰って来た。鞠野先生は土葬の場面に間に合えばいいという心づもりなのかもしれない。
そうするうち、峠を超えたあたりからやけにお腹が空いて来て、バモスを押すにも力が入らなくなった。
「鞠野先生、お腹が空いて力が入りません」
ミヤミユがそういうと、
「それはいけない。掌に『米』と書いて呑込みなさい」
鞠野先生が妙なことを言い出した。ミヤミユが、
「『人』でなくてですか?」
人前で緊張しないように掌に「人」を書いて飲むっていうのはあるな。
「『人』を飲んでもダル神には効かないさ」
「ダルガミ?」
初めて聞く言葉だ。
「こういった暗い峠道や長いダラダラ坂には、そこで斃れた人の念が残っていて、その念が空腹という形で生者に憑りつくことがある。
それを霊化したのがダル神、またはヒダルっていう。疲れたを意味する『だるい』の語源さ。
ダル神に憑りつかれるとそれまで普通に歩けていたのに急に足が前に進まなくなって、その場にすくんでしまうという」
「それで、どうなるんですか?」
「行き倒れて、ダル神様になる」
山吹の人のことを思い出した。
あの人があの坂道でダル神様になってたとしたら……。
「やだ、それ」
「大丈夫。何か食べ物を口にするか、なければ「米」という字を掌に書いて飲むと不思議と治ると言われている」
言われたとおりに『米』と書いて呑込むと、少し力が出せるようになった気がした。
サキを見ると、それまでスマフォが繋がらねーとかキレ気味だったのに、その時だけは真面目に掌に「米」と書いて何度も飲みこんでいた。
ようやく目的の場所に着いた時はもう埋葬も終わって葬列の人も帰ってきてしまっていた。
よくよく聞くと出棺は日の出前だったということ。鞠野先生は何を聞いていたのか。
「お線香だけでもあげて行こう」
となったので、見ず知らずの人なのに変な感じがしたけど、神妙な面持ちで手を合わせた。
気になったのは祭壇の目立つ場所に船の形に装飾された台車が置いてあったこと。
倉庫とかコンビニとかでよく見る青いやつに木目の画用紙が張り付けてあって和船のような形を作り。
本来はお棺が置かれる場所にその代わりででもあるかのように置いてあった。
葬儀場になっている公民館を出て、外で待っていた鞠野先生にそのことを聞いてみた。
「あれ、なんですか?」
「台車かい? そう、あれが変わってる所だよ。ここは葬式に台車を使うんだ」
置き場所もそうだけど、船の形になっているのは何かの象徴なのだろうか。
「どうやって使うんですか?」
「普通、棺桶は墓場まで親族数人で担ぐけど、ここでは棺桶を台車に乗せて運ぶんだ。
台車に括り付けた赤い紐を曳いてね。墓場までの道は舗装もしてなくってね。ごろた石だ泥濘だって、そんな所をわざわざ台車で行くんだよ。
すごいだろう?」
鞠野先生の上気した話しぶりは置いておいて、あたしはどこかでそんな風景を目にしたような気がした。
そういえば『ノート』にはこんなことが書いてあった。
「辻沢の山間部では葬儀を変わった方法で執り行うことがある。それは古の物語を今に伝える貴重な風習である」
帰り道は、慣性にまかせて山を降りるだけだったので比較的スムーズに辻沢の街中まで戻って来られた。
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