「辻沢ノーツ 11」(遅刻とドタキャン)
朝、集合時間が過ぎてもサキがロビーに現れなかった。
朝食のビュッフェにもいなかったからもしやと思ってたけど、大寝坊しちゃったみたい。
ミヤミユが電話を掛けたら、
「今、そっちに着くだって」
5分程待ったころ、サキが、エレベーターホールでなくホテルのエントランスに現れた。
肩で息をしている。
さらに兵隊さんが着るような黒のジャンプスーツに大きなリュックを背負って、足元は編み上げのブーツ、ついでに所々泥までつけてる念の入れよう。
朝の散歩ではなさそうだった。
いくら鞠野先生が今日はスーツでなくていいと言ったからって、これはダメしょ。
「どうしたの? そのカッコ」
ミヤミユが尋ねると、
「ちょっと」
とサキは答えを濁した。
すると鞠野先生が見たことのない険しい表情で、
「着替えるか、でなければすぐに帰りなさい」
と言った。
サキは、口ごもりながら着替えたいけど春用スーツしかないと言う。
それで一人だけスーツというのも変だとなって、あたしたちもスーツに着替えることにした。
サキがまだチェックアウトしてなかったから、サキの部屋に戻って3人で着替えたのだけれど、驚いたことにサキの腕に包帯が巻かれてあって血が滲んでいた。昨日バスケしたときにはきれいな二の腕だったはずだ。
ミヤミユが、
「どこでケガしたの?」
と尋ねたけど、スルー。
重苦しい空気の中で着替えをすませロビーに戻る。
待っていた鞠野先生は険しい顔はそのまま、無言であたしたちの前に立って駐車場に向かう。
まるで、あたしやミヤミユまで怒られているような気がしてきて、再びドナドナ感に苛まれ始めた。
最初に宿泊予定のお宅に伺った。
出迎えたのはSさんという方で、50代半ばの日に焼けた笑顔が素敵な男性だった。
あたしたちを快くお迎えくださり、調査についても積極的に協力してくださるとお約束していただいた。
しかし、宿泊の話をすると顔を曇らせて、
「実は、半年前にボヤが出て、水場以外は修繕はしたのだけど」
と仰る。
修繕したのなら問題ないと皆が同意して、離れに案内していただく。
木戸を出てブロック塀沿いに歩くと、やがて雑木林に通じる未舗装の道になった。
ぬかるみを避けながらさらに進むと、案外すぐに開けた場所に出た。
そこには、元は教員住宅だったという、赤いトタン屋根の小じんまりした家屋が建っていた。
右手奥の壁にプロパンガスが置いてあり、その向こうの地面から何の目的か煙突のようなものが伸びている。
周囲にはドクダミが密生していて、風にのって強い匂いが漂ってきた。
ミヤミユが中を見たいというと、Sさんが玄関の鍵を開けてくれた。
中に入ると手前に台所があって、奥に和室が二間、すぐ右手にドアがあった。
鞠野先生が、
「お風呂はあのドアですか?」
「ありません」
それを聞いて、すかさずミヤミユが、
「シャワーもですか?」
それ大事。
「はい」
最初に聞いていたのと少し違うようだった。
靴を脱いで上がったけれど焦げた匂いはなく、普通に長く放置された家に入った時の饐えた匂いがした。
しかし、それも気になるほどではない。
そして和室の2間とも畳を張り替えた様子はなく板間も修繕した風でもない。
だからボヤが出たというのがピンとこなかった。
これなら、水回りの問題もお風呂は近くのホテルで使わせてもらえばいいし、炊事や洗濯はコンビニやコインランドリーがあればなんとかなる。
みんなで話して大丈夫ですと伝えると、Sさんは言いにくそうに、
「ボヤの時、人がこの部屋でね」
と切り出した。
その内容は浮浪者が知らぬ間に入り込んでいて焼け死に、結局身元もわからず行旅死亡人として役場に引き取られたとも。
それを聞いてさすがにあたしとミヤミユは顔を見合わせてしまって、他を探したほうがいいかとなったけど、サキが珍しく「ここでいい」と譲らなかったので少しもめた。
でも結局、お断りしようという鞠野先生の一言で離れを後にした。
お宅の玄関先でしきりに頭を下げるSさんにお礼を言い、別れを告げる。
鞠野先生はバモスくんに乗り込むと、
「そう望んでおいでだったから」
とポツリと言って、エンジンを掛けた。
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