「辻沢ノーツ 14」(志野婦と血の池地獄)

 宮木野神社のお参りを済ませた後、目抜き通りを戻って志野婦神社に向かう。


 志野婦神社は双子の妹を祀ってあるらしいので宮木野神社とよく似た雰囲気かと思ったけれど、行ってみると社殿とかは飾り気がなくシュッとした感じがした。


祭りのメインが宮木野神社というのもあるのかもしれない。


 それでも混雑はお姉さんに負けないくらいの境内を、あたしたちは人をかき分け参拝し、おみくじを引いた。


こちらはなんとミヤミユに予言された山椒おみくじと山椒お守りが売っていた。


山椒おみくじを引いてみたら、おみくじの文言は全然ピリリと辛くなくって、山椒の実が一粒入っていての山椒おみくじだった。


「山椒で内容が普通だと余計に緩く感じる」


 とミヤミユが言うと、


「同感だけど、これなんか、攻めてるほうじゃないかな」


 と鞠野先生が言ってるのは、そこに並べてあるゴマすりセットのことだった。


昨晩見に行った駅舎では売り子のおじさんの押し売りから逃げるのに精いっぱいでよく見られなかった。


大きなすり鉢とスリコギ棒の本格セットが5400円。


高っか。


携帯用のセットが1100円。


これ居酒屋で摺ったのと同じやつだ。


しかし携帯用って、辻沢の人たちはゴマすりセットを持ち歩くの?


それと、こんなのあるんだ、ゴマすりストラップ。550円。


棒を押せって書いてある。


(ゴリゴリゴリゴリ)


 音するよ。やばい。


あれ、誰もいない。みんなどこ行った? あたし迷子になった、二十歳過ぎてんのに。


あ、いたいた。社殿の脇の人気のない所に鞠野先生の後ろ姿が見えた。


近づいて見ると、また石碑の説明をしているようだった。


話に聞き入ってるミヤミユを小突いて、


「今度は何?」


「地獄巡りだって」


「神仏習合が当たり前だった江戸以前のものだよ。そもそも地獄は仏教だからね」


 その石碑は振り向く人が誰もいなかったのか苔むし手入れもされていなかった。


「どんな話なの?」


 ミヤミユに聞いたのだったが鞠野先生が説明をしてくれた。


「それが、地獄巡りなのに閻魔にも合わず血の池地獄だけ見て帰って来る話なんだよ」


 地獄と言えば他にもたくさんの地獄、血の池地獄の他は針の山とか……。


あたし、それくらいしか知らない。


「もうちょっと観光したらいいのにね。せっかく行ったんだから」


 とミヤミユが言うと、


「どうせ志野婦がヴァンパイアで血を求めて行ったってオチでしょ」


 サキが割って入った。サキの口調がなんでかいらだたしげだ。


 それについては鞠野先生が、


「ところがここには志野婦が地獄に行ったとは書かれてないのだよ」


「じゃあ、これは志野婦神社の縁起とは関係ない?」


 とミヤミユ。


「そうだね。宮木野とも志野婦とも違う遊女の物語なんだ。


そもそもこの石碑自体がかなり昔にどこかから移設されてものでね」


『ノート』には地獄へ行った遊女のことなど一言も書かれていなかった。




 人ごみの中、駐車場に戻ってきた時は、流石にくたびれてしまって、みんな無口になっていた。


 そんななのにまたぞろ鞠野先生が、


「ここの祭、もとは辻沢三社祭と言ったけど、その三社ってどこの神社か分かるかい?」


 あたしに聞いてくる。それは『ノート』にも説明があったはずだけど、


「宮木野と志野婦と……」


 あたしが答えられないでいると、


「影ノ社だよ。祭詞ではそう呼ばれる」


 そうだった。


「で、それはどこに有るか知ってるかな?」


 思い出した。二社祭じゃ様にならないからムリムリ作った仮想神社だっていう、


「ありません」


「その通り。3番目は数合わせだけの存在しない神社だ」


「あるよ」


 背後から声がした。振り返ると、サキがあたしと鞠野先生の間で目を彷徨わせていた。


「影ならそれを映す実体がある」


「なるほど。なら、君はどこに有ると思う?」


「青墓の杜」


 青墓の杜。それは辻沢の南端、バイパスの向こう、雄蛇ヶ池の畔。


昼でも暗いじめついた森のことだ。


辻沢の人さえめったに近づかず、辻沢で人がいなくなったら青墓を探せと言われ、気味の悪い噂が絶えない場所。


辻女の教頭先生からも近づかないように警告された。


サキはそこに影ノ社が実在するという。


「青墓か。面白い」


 鞠野先生の口元が少し歪んだように見えた。


  狭いバモスくんの中で、次はどこに行くか相談していた時、鞠野先生のガラケーが鳴った。


「そうですか、それは助かります」


 暫くやり取りして携帯を切ると、


「宿泊先を紹介してもらったよ」


 町役場のエリさんからの電話だったそうだ。


Sさん宅がだめになったと知らせておいたら便宜を図ってくれたのだという。


「ここからすぐのところだからさっそく行ってみよう」


 渋滞に巻き込まれながら目抜き通りを突っ切り、宮木野神社近くのお屋敷町にやってきた。


指定されたAさんのお宅というのは、ここのどこからしいのだが、門前まで来て驚いた。


すごい豪邸。


お隣の家だけどガレージに外車が2台に置いてあった。


緑のと赤いオープンカー。


それに輪をかけてこの家は大きなお屋敷だ。


 で、厳つい門扉の前にあたし一人置き去りって。


3人それぞれのお宅にホームステイっていうことで話が付いたらしいからだけど、鞠野先生は、


「一人で大丈夫だよね」


 って行ってしまった。


立派な緑の垣根が連なる坂道をバモスくんが遠ざかって行く姿が見える。


それを見送りつつ思った。最初からうすうす感じてたけど、あんなに頼りなかったんだ。


バモスくんって。


 呼び鈴はこれか、カメラついてる。背筋伸ばして笑顔作って、見られてるこの感じ、バイトの面接以来の緊張感。


ピンポーンっと。


(ゴリゴリーン)


 返事ない。留守かな? 


も一回。ゴリゴ、


〈どちら様ですか?〉


 おっと。


「すみません。町役場からの紹介で参りました、ノタクロエといいます」


〈ノラクロさん?〉


 ノラクロじゃないから。


「ノタ、クロエです」


〈ノタクロさん。あー、フィールドワーカーの。早かったのね。今、門を開けますね〉


 くぐもった音をさせて黒鉄の扉が開くと、明るい陽射しを浴びた庭の芝生が目に飛び込んできた。足元からは真っ白いスロープが伸びている。


これって、家政婦ドラマのオープニングシーンみたい。


家政婦って英語でなんとかワーカーって言わなかったっけ。


変なふうに伝わってたらいやだな。


 スロープを上りきると巨大なソテツの植込みがあって、その向こうに2階建の白いコンクリ壁が見えている。


背丈の2倍はあろうかという大きな玄関扉の前に立つと、ドアが少し開いていたので中に入る。


「おじゃましまーす」(小声)

 

 すると、暗い廊下の奥から女性の声で、


「どうぞ、おあがりください」


 ときた。


 靴を脱いで声のした方に歩いてゆくと、電気のついてない部屋のドアの前に女性が立っていた。


「ようこそ。どうぞこちらに」


 ようこそっていう人に初めて会った。


すらっとしていて色白で長い黒髪の、すごくきれいな人。


着ているお洋服も自然にセレブ感出ちゃってる。


「はじめまして、ノタクロエともうします。この度はお受け入れくださりありがとうございました。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」


 まだ決まったわけでないのに、すこし焦りすぎだった。顔が赤くなるのが分かる。


「おかけになって」


 中はリビングだった。ふっかふっかで沈んじゃいそうなソファー。


周りとの比較でそんなには感じないけど、相当巨大な平べったいテレビ。


緞帳のようなこのカーテンを開けたら、さっき歩いた綺麗なお庭が見えるだろうのに何で閉めたまま?


「暗いでしょう。子供が太陽光アレルギーなんです」


 そうなんだ。


Aさんがトレーにお茶とお菓子を持って来て正面に座った。


そんなにまっすぐ見られると恥ずかしい。


 Aさんが言うには、もともと宿泊の話はこっちが先で、受けるつもりで準備していた。


つい先日、他に引き受け手が見つかったと役場から連絡があって残念に思っていたそう。


「3人と伺っていましたが」


 情報が錯綜してるのかな。


これまでの経緯を伝えると、Aさんは役場のすることはと言って笑って納得したようだった。


 調査の概要と今後の予定をお話しする。


それから使わせていただくお部屋やキッチンやお風呂を案内していただいた。


 贅沢過ぎて言葉もない。こんなお宅に住まわせてもらって2か月近く調査って、


「ガシンショウタン、セキヒンアラウガゴトシ」的なフィールドワークっぽさがまるでない。


ホント、いいのかな。


 お茶しながら雑談していたら、


「主人もフィールドワーカーでしたのよ。結婚してからもしばらくはやってたかしら」


 そっか、だから受け入れていただけたんだ。


「フィールドはどちらですか?」


「ここなんです。学生の時、辻沢に調査しに来て、それからずっと」


 学生の時? 辻沢に? どっかで聞いたことあるシチュだけど。


「『辻沢ノート』っていう小冊子も残しました」


「ご主人様って、もしかですが、四宮浩太郎さん?」


「ええ、そうです。四宮は旧姓ですが」


 やばい。『ノート』の作者に会える。聞きたいことたくさんある。


「今日はお仕事ですか?」


「いいえ。亡くなりました、15年前に」


 お線香を上げさせてもらった。


仏壇の横のフォトスタンドにはメガネを掛けたボサボサ頭の若い男性とアルカイックスマイルの美しい女性が写っていた。


それと双子っぽい赤ちゃんや子供の写真が多めに。


 鞠野先生のお線香の匂いって、ここに来たからなのかも。


でも、さっきはなんで挨拶もしないで行っちゃったんだろう。


やっぱ鞠野先生ってコミュ障なのかな。


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