「辻沢ノーツ 9」(町長の辻川雄太郎です)
町長室は薄暗かった。
正面は一面窓になっていて、あたしたちが座っているところからは薄暮の空が見えるばかりだったけど、窓辺に立てば辻沢の町を一望できそうだった。
右手はショーケースで、沢山の種類の学校の制服が飾ってある。
辻女の応接室にあったものと同じものもあるから、おそらく町内の学校の制服なんだろう。
女子の制服だけなのはなんでかな?
左手の壁は飾り棚になっていて、トロフィーや盾類が並んでいる真ん中に黒い木刀が飾ってあった。
入り口側の壁を背にして、マホガニー調のびっくりするほど大きな机と、立派すぎる背もたれの椅子、床には虎皮の絨毯が敷かれていて、そこだけ見ると組事務所のような仰々しさだ。
その後ろの柱には額に入った代紋、ではなくて町章が掲げてある。
町章は辻の字に6つの小丸を配したデザインだ。
「特産の山椒の実があしらってある」
鞠野先生が説明してくれた。
「やあ、お待たせしました。町長の辻川雄太郎です。鞠野先生ですね」
奥の扉から現れた町長さんは、すらっとして背が高く、彫りの深い顔立ちをしたワイルド系おやじな方だった。
髪の毛の量については触れないことにする。
「まあ、座ってください。君たちかね、この辻沢を調査しに来たというのは。
あたしはもっとこう、黒ぶちメガネの堅苦しそうな男連中が来るのかと思ったが、こんな美しいお嬢さんたちとは。
先生あれですか? 文化人類学の調査というのは本来むさ苦しい男が(ピー)の住むような辺境に単身分け入って何年もかけてするものではないのですか?」
がっかり、今時「予断と偏見に満ちた普通の実際家」(by マリノフスキー)に出会うとは。
「そのような長期の調査も行いますが、今回は夏休みの実技演習として辻沢にお邪魔させていただきますので」
「なるほど、本当は女性はしないが学生だから特別ということですか」
「そう言いますと違うということになりますが……」
重苦しい空気が流れかけたが、先程の女性がちょうどいいタイミングでお茶を運んできてくれた。
その後は、町長さんの長話を聞かされたけど、ほとんどがどうでもいいような話だった。
なんなの? 「やっちゃ場」についての知識のひけらかしは。
「夏祭りを調査されるというのはあなた?」
突然矛先があたしに向けられた。
調査対象変更前の情報が通ったままだったらしい。
「あの……」
返答に困っていると、
「ならば教えて差し上げよう。辻沢三社祭、現在のヴァンパイア祭りはもともと4年に一度の開催だったのだが、わたしが就任した年から毎年開催に変更したのです。
それが話題を呼び人が集まるようになって辻沢にも活気が戻りました。
それに加え、毎年開催のおかげで数十年に一度と言われる大豊作の今年にちゃんと祭りが開催できました。
これもわたしの功績と言っても過言でないでしょう」
なんだ自慢話か。それから町長さんの辻沢復興苦労話をみっちり聞かさた。
あたしたちが完膚なきままに打ちのめされたのを見て満足したのか、ようやく自慢話を切り上げてくれたのは開始から1時間後だった。
その間あたしたちは無言で頷くのみ。
「まあ、困ったことがあったら、あたしの秘書に何でも言うといい。対応は迅速ですよ。名刺をお渡しして」
ありがとうございます。エリさんっていうのか。
エリさんが鞠野先生に向かって、
「明日の辻沢ヴァンパイア祭は参加されますか?」
どこか遠い所から語りかけてくるかのような不思議な声で聞いてきた。
「そのつもりでいます」
鞠野先生がすこし上ずった声で答えると、町長さんがあたしたち3人の格好を上から下まで舐めるように見て、
「コスプレの用意はして来たかい? 女はヴァンパイアコスプレをする決まりだ」
鞠野先生があたしたちの方を見たけど、
「「「ないです」」」(小声)
首を横に振るしかない。
「なら、駅前のスーパーヤオマンに行きなさい。あすこなら品数も揃っているから。例のものを」
町長さんがそう言うと、エリさんが小脇に挟んだブリーフケースから封筒を差し出して、
「中に3000円のゴリゴリカードが入っています。ご来庁を記念して辻沢町からのプレゼントです。お受け取りください」
鞠野先生が困ったような顔をしているので手を出さずにいると、町長がそれをエリさんの手からもぎ取って、
「これはあたしが作らせたものだが、辻沢だったら何にでも使えるカードでね。
スーパーでの買い物はもちろん、自動販売機だってOK。
食事もできるし、バスにも乗れる。使ったら10%のポイントが付くし、ヤオマンジムや大門総合スポーツ公園で運動してもポイントが加算される。
優れもののカードだよ」
と言いながら手近なあたしのカバンにねじ込んだのだった。
挨拶が終わって帰る時、展望エレベーターがもう止まってしまっていて、東棟のエレベーターまでエリさんが送ってくれた。
途中、エリさんがあたしの耳元で、
「町長はコスプレと言いましたが、本当はヴァンパイアコーデなんです。そんなに大げさな格好をしろというのではないのですよ」
と囁いた。
エレベータのドアが閉まる時、エリさんが薄っすらと微笑んだ。
その口の端の白い八重歯が際立って見えた。
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