「辻沢ノーツ 8」(町長室の美人秘書)

 バモスくんに揺られながら次の場所に移動する。


今度の訪問先は町役場だ。


もう6時半を過ぎてたけれど、最初から日が落ちてからという約束だったので、時間的にはちょうどよかった。


 町役場は10階建てのツインタワーで最上階に巨大な銀色の円盤が載っている。

その円盤を見上げながら、ミヤミユが


「これって、メタボリック建築ですよね」


と言うと、


「ああ、そうだね。誰の設計だったかな」


と鞠野先生が答えた。


ミヤミユは建築学科からの学科間交流で鞠野ゼミに参加しているので、こういうことに詳しかったりする。


あたしはその尊大な建物に気圧されながら鞠野先生とみんなの後ろについてエントランスを入る。


「どちらにご挨拶するんですか?」


「あれ、言ってなかった? 町長さんだよ」


 まったく聞いてない。教育委員会とか地域振興課とかそういった部署かと思ってたら、一番エライ人じゃん。


みんなの緊張が一気に高まると同時に、再びドナドナ感に苛まれはじめる。


サキはほっぺが真っ赤になってるし、ミヤミユは白目になりかけてる。


 町長室は最上階ということで一階ロビーの正面奥にある展望エレベーターに向かう。


閉庁後のためコンシェルジュブースはすでに空で、一番端っこの窓口に職員さんがぽつんと一人いるだけだった。


 ロビーでまず目に付いたのは、真ん中の大きな山椒の木。材質はテーマパークとかでよく見る、触るとザラザラしていて叩くと軽い音がするやつ。その根元に、手を胸で組んで横たわった女性の銅像がある。


生きているのか死んでいるのか、目を閉じている。


側のレリーフを見ると「遊女 みやぎの像」とあって、説明は「わがちをふふめおにこらや」となってるけど、意味わかりません。


一応、遊女ってことで写真撮っておこう。


鞠野先生が肩越しに、


「この人死んでると思う? 生きてると思う?」


 と聞いてきた。銅像の顔からはどちらかよく分からない。


死んでるようにも見えるし、目を閉じて祈っているようにも見える。


「生きてるし死んでる。ヴァンパイアだから」


「え?」


「この人は、ヴァンパイアだったって言い伝えがあるんだよ」


『ノート』の遊女宮木野の来歴にはそんなこと一言も書いてなかったけど。


 ミヤミユが、


「珍しいですよね、この国でヴァンパイアって」


「その珍しい言い伝えを町興しに利用して、辻沢ヴァンパイア祭」


「「そーなんだ」」


 展望エレベータの前に立って目線を上にやると、天井はガラス張りになっていてエレベータが頂上の円盤まで伸びているのが見えた。


(ゴリゴリーン)


 おかしな音がしてエレベーターの扉が開いた。


昇り始めてすぐ山椒の木の梢を超えて前方が開ける。


外はすでに日が落ちて暗く、遠くの街灯りが瞬いていた。N市だろうか。


「今の町長さんには僕も初めて会う。辻沢の祭をヴァンパイアだらけにした人だよ」


「クロエ。テーマ変えなかったら町長さんがインタビュイー(インタビュー対象者)だったかも」


 そうなのだ。あたしはテーマを「祭」から「家系」に変えた。


それはテーマに不満があったとかいうのではなくって、「祭」は作るところから参加して開催中はもちろん、最後の後始末まで入って調査する「参与観察」だからだ。


夏休みを利用する今回のような短期的な調査実習では、シーズンと言うこともあり、多くの人が夏祭りを調査対象にするけれど、今回はそれが無理。


なぜかというと、お祭は明日だから。


それとあたし的には『ノート』の存在があった。


ゼミでの発表の後、もう一度『ノート』をちゃんと読み直したんだけど、後ろの方に代々芸妓をしていた家系の詳細な報告が載っていた。


さらに辻沢には遊女の家系もあって今後の調査目標にしたいとあった。


でも『ノート』はその後10数年以上報告がなくて、鞠野先生は途絶したって言ってた。


それならと、あたしが引き継いで遊女の家系調査をやってみたくなったのだ。


けっこー、あたしも意識高い。


(ゴリゴリーン)


 また奇妙な音がしてエレベータの扉が開いた。


エレベーターホールの向こうに扉が三つあり、左右の幅広なのが議事堂入口、中央が町長室のようだ。


まっすぐ進んで、鞠野先生が防音シート張りの扉を叩くと、中から返事があって女性が顔を出した。


要件を伝えると、秘書だというその女性が、


「いらっしゃいませ。町長はすぐに参りますので中に入ってお待ちください」


 入り口から続く緩やかなスロープを昇ると広い部屋に出た。


そこが町長の執務室で位置的には円盤の上に出た感じになるのかも。


秘書の女性はあたしたちに部屋の中央に設えられたソファに座るよう促すと、一礼して奥の扉から出て行った。


「今の人、すごいきれいな人だったね」


「うん。肌が透き通ってた」


 長い黒髪の横顔は本当に透き通っていて、首筋から頬にかけて青い血管が浮き出て見えていた。


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