「辻沢ノーツ 7」(教頭先生の前で大汗)
ちなみに、JKたちのビブスのゼッケンは、サクラさんが4番、やっぱりここもキャプテンナンバーなのかも。
すばしっこそうなハルカという子が7番で、おっとり系のクルミという子が9番だった。
ルールはハーフコートの2ピリ、7分制。
「クロエ、こっちおいで」
3人で円陣を組んだ。
「ノタ、ピースサイン」
とサキに言われて小顔ピースすると、ミヤミユに、
「そうじゃないよ。前に出すの」
結構強めに言われた。
見ると、ミヤミユたちは両手にピースでW字を作って指先を合わせている。
「ここにクロエのピースを」
と言いうので開いたところに差し出すと、
「五芒星。あたしたちのサイン」
とミヤミユが言った。
「ノタ、掛け声頼む」
と咄嗟に言われてひねり出したのは、
「ドナドナーズ、ゴーは?」
するとサキが、
「だっさ」
と言ってからミヤミユと超複雑なハンドサインを繰り出し、
「「「ドナドナーズ、ゴー!」」」
でコートに散った。
ダサくても結局言うんじゃん。
あたしたちも最初のうちはJKになんかに負けない! って気負ってたけど、いくら経験者と言ってもバリバリの現役相手じゃ試合にならなかった。
サキは足を使って何本もシュートに行ったけど、ことごとくサクラさんにブロックされてた。
ミヤミユがロングを狙っても、ハルカちゃんとクルミちゃんに邪魔されて、結局1本もシュートさせてもらえなかった。
あたしは論外。そこにいない人だった。
サクラさんとハルカちゃんの2人に面白いようにポイントされた。
どんなにディフェンスを固めてもハルカちゃんを止められなかった。
サクラさんには何本もリバウンドを取られてポイントを献上しまくった。
5試合目の1ピリでサキの足がつった。
ミヤミユが直してあげてゲーム再開って時に体育館に放送が入った。
〈川田先生、お客様をお連れください。教頭先生がお待ちです〉
時間はすでに5時を過ぎていて、あたしたちは汗びっしょりだった。
挨拶そっちのけで着替えをしに部室へ行こうとしたら、川田先生に呼び止められた。
「そのままでいいよ。教頭は夕方すぎると機嫌が悪いから急いで。これ持って行きなさい」
投げてよこされたのはタオルだった。
汗を拭きながら校舎の中を走り抜け、最初に案内された応接室に向かった。
廊下の窓からバモスくんが停まってるのが見えた。
けっこうやばい状況なのが分かった。
扉を開けて応接室の中に入ると、鞠野先生がびっくりした顔で、
「どうしたの? その格好」
ひっくりかえった声で言った。
「バスケしてました」
さすがに自分でも何言ってるのって思う。
しばし室内に沈黙の時間が流れる。
首筋を伝って汗が背中に落ちてゆくのが分かる。
「バスケって。君たち今日何しに来たか忘れたの? 少し待っていただくから、早く着替えて来なさい」
「まあまあ、きっと川田先生が無理を言ったのでしょう。そのままで結構。お坐りなさい」
「しかし、教頭先生」
「そろそろ日も暮れて来ましたし」
曇りガラスの外は、すでに青鈍色に変わっている。
鞠野先生はひとつ頭を下げ、こちらに向かって手招きした。
横を見るとミヤミユの目が白目がちになっている。
ミヤミユが極度に緊張したときのサインだ。
調査の趣意書に大学の推薦書と親の同意書(あたしは鞠野先生が書いてくれた)を添えて教頭先生にお渡しし、それぞれがフィールドに入る心構えを口頭でお伝えした。
その間、教頭先生は対面のソファーに深く座ったまま目をつむって黙って聞いおられた。
最後のあたしの話が終わると、鞠野先生と一言二言言葉を交わして、
「事故のないよう用心して調査に励んでください」
と椅子から立ち上がりかけて、
「そうそう、辻沢ではどこへでも出かけて、誰とでもお話し下さって結構ですが、
青墓の杜と地下道を探検しようなんて気はおこさないように。これはくれぐれも言っておきます」
と言うと、数秒間あたしの顔をねめつけて(あたしはそう感じた)、部屋から出て行った。
こっちに向き直った鞠野先生の口がもごもごして何か言い出しそうになった時、川田先生がお疲れ様でしたと応接室に入ってきてくれて助かった。
女子トイレ横の教員更衣室で着替えるように言われたので、あたしたちは早々にそちらに移動する。
更衣室に入ると、あたしたちのスーツが机の上に並べられてあった。
「やばかったね」
「やばかった」
「余計汗かいた」
「あたしも。変な汗かいた。教頭先生、ずっと怖い顔してたから」
「睨みつけられた」
サキは辻沢に来たらずっとインターネットしてますなんて言うからだよ。
「でも、バスケは楽しかった。すっごく」
「うん」
「ごめん」
「「何が?」」
「あたし足引っ張った」
「そんなことないよ、クロエ活躍してたじゃん」
いつも優しいミヤミユが慰めてくれた。
「あそびだ、ノタ」
サキもサキらしく。
「帰ったら、クロエも一緒にバスケしよ」
ありがとう、ミヤミユ。それまでにちゃんと練習しとくね。
着替え終わって玄関に出ると、鞠野先生が川田先生と立ち話していた。
「夏休みになったら気分転換にバスケしに来てください。ほぼ毎日練習してますから」
「それはありがたいお話しですが、お邪魔でないですか?」
「ぜーんぜん。みなさん、上手なんですよ。うってつけの練習相手です」
汗になった練習着とタオルは後日洗濯してお返しするとお伝えして玄関を後にする。
川田先生は外まで見送りに出て来てバモスくんを見ると、あたしたちに小声で、
「何なの? この車」
と可笑しそうに聞いてきた。
「コアラです」
と答えると、たまらず噴き出していた。
川田先生は、
「ホントに、いつでもバスケしに来てね」
と言って別れてからも、校門の外に立ったまま見切れるまで手を振ってくれていた。
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