「辻沢ノーツ 6」(いきなりバスケ)

 辻女、辻沢女子高等学校に到着したのは、約束の3時ギリギリだった。


応対の、青いタンクトップにホットパンツという奇抜なファッションの女性が言うには、


「すみません。教頭は今さっき急に役場に呼び出されて。おそらく1時間以上はお待ちいただかないと」


 女性はあたしたちを玄関正面の応接室に通すと何も言わずに出て行った。


 古い校舎の匂いがする。年代を感じさせる歴代校長の肖像画。創立50周年のパネル。スポーツ大会のトロフィーや賞状の数々。


どこかで見たようなアイテムばかりで退屈な空間だった。


 しばらくしてさきほどの女性がお茶を持って現れた。


足元を見ると白いハイソックスにバッシューを履いている。


そう言えばタンクトップの、大きい丸に鉄橋のマークはNBA史上最強といわれたゴールデンステート・ウォリアーズ。


これはバスケ関係者だね。


女性はテーブルにお茶を置き終わると、


「よろしければ校内をご案内しましょうか?」


 と鞠野先生に向かって言った。


「退屈でしょ?」


 と、まるで見透かされたようで気恥ずかしい。


あたしはこういう時はお断りするのかと思ったけれど、鞠野先生は間髪入れず、


「それはありがたい。君たち案内していただきなさい。僕は他の用事をすませて来る。1時間したらここに戻って来るから」


 と足早に部屋を出て行ってしまった。


取り残された3人は顔を見合わせるしかない。




 あたしたちは木造校舎の暗い板廊下をウォリアーズの30番についてゆく。


誰もいない教室の埃、放置されてカチカチになった雑巾、ロッカーの上に転がる牛乳ビン、屋根裏のハトのフン、床下のネズミの死骸、こびりついたトイレの汚れ。ねっとりと鼻に纏わりつくこれらの匂いに懐かしさを感じないでもない。


どこまでも続く黒光りする廊下を歩きながら、再びドナドナ感に浸され始めた頃、ミヤミユが口を開いて、


「あの、バスケ部関係の方ですよね」


 とウォリアーズ30番に声を掛けた。


「そっか、挨拶まだだった。私、女バスの顧問をしています、川田です。よろしく」


 と廊下の真ん中で自己紹介が始まった。


それが終わると川田先生はあたしに向かって、


「やっぱり似てる」


 と、あたしの顔をしげしげと見つめる。


「卒業した生徒にそっくり。ひょっとして?」


 あたしが辻沢に知り合いはいないと言うと、


「大学3年なら、歳も一緒なのよね」


 そんなこと言われても。


するとミヤミユが、


「世の中には自分と同じ顔の他人が3人いるっていいますよね」


 川田先生は歩きはじめながら、


「他人の空似ねー。そうだよね。辻沢は双子が多いから血がつながってるかもって、つい思っちゃう」


 と独り言のように話を続ける。


「双子多いんですか?」


「多いよ。土地柄なんだろね。宮木野さんからして双子の姉妹だし」


 サキがミヤミユのスーツの裾を引っ張って、


「誰?」(小声)


「遊女宮木野。今は神社に祀られてる人」(小声)


『辻沢ノート』(以下『ノート』と略す)にこんな文がある。


「辻沢には2つの鎮守があり、一つは西の宮木野神社。もう一つが東の志野婦神社。江戸初期に創建されたこの2社の祭神は遊女宮木野とその双子の妹、志野婦である」


 体育館への渡り廊下を歩いていたら、川田先生が急に振り向いて、


「言ってもこの学校、見せるところなんてないんだよね」


 と言った。


そしてしばらく思案する風をして、思いついたように、


「そうだ。あなたたちバスケするよね」


 ものすごく突然で、みんな「へっ?」ってなってる。


でも、川田先生は本気らしく、真顔で返事を待ってる。


どうしよう。


まずスーツってことは置いとくとして、あたしは中学でバスケしてたから多少はするけど、二人はどうだか。


「「します」」


 うそ。今度はあたしが二人の袖を引く番だ。


どうして?


「高校の部活、女バスだった。サキも。たまに、みんなして寮の中庭でバスケやってる」


 そっか、サキもミヤミユたちと同じ学生寮だったっけ。


皆でバスケしてたんだ。全然知らなかったな、そういうこと。


「ここのバスケ部、いろいろあって部員が集まらなくなってね。


今、3人しかいないんだ。他校と合同チームで試合には出れるけど普段の練習が不足しててね。


よかったら、あの子たちの相手してやってくれないかな?」


 体育館に入ると、日の当たらない隅の方でバスケ姿の女子が3人、ドリブルの練習をしていた。


「サクラ」


 川田先生が呼ぶと、その中の一番背の高い子がこちらに走ってきた。


「この子、ウチのキャプテンのサクラ」


 サクラと言われたJKがあたしたちに一礼した。


サクラさんは背の高さから、ポジションはきっとセンターで、どんな試合でもゴール下を完全に支配しそうな威圧感があった。


「この方たちが、あんたたちの相手してくださるんだけど」


「ホントですか? ありがとうございます」


 その顔は真面目そうでどこか無邪気さが残っていて、しかもとびきりの透明感肌だった。


あとで化粧水何使ってるか聞こう。


「練習着すぐ用意できる?」


「部室に先輩たちが置いて行ったのあります。こっち来てください」


 と言うがはやいか、体育館の出口から駆け出して行ってしまった。


あたしたちはサクラさんを追いかけて体育館横のプレハブ棟の前まで来たけれど、そこで見失った。


ミヤミユがサクラさんの名を呼ぶと、2階の手すりからサクラさんが身を乗り出して、


「こっちでーす」


 と明るい声で手を振ってくれた。


錆びだらけの外階段を昇り、倒れた木机、潰れたバレーボールやフープの束に邪魔されながら廊下を歩いて部屋の前まで来た。


板に墨書でバスケット部とある。


中に入ると会議机の上に綺麗に畳んだ練習着が3セット置いてある。


胸のところに白地に黒字で辻女と入ったタンクトップを手に取ると、


「白いほうで着てください」


 黒と白のリバーシブルなのだった。


「見て、後ろ『山椒は小粒でピリリと辛い、舐めてっとすり潰すぞっ!』だって」


「ウチらもこういうの作った。練習試合用のユニホーム」


 あたしら3人、普通体形女子だから服のサイズの心配はないけど、バッシュはどうするんだろ。


えっと。


「バッシュはロッカーの前にある中からサイズ探して履いてください」


 ロッカーの前に数足の履き古されたバッシュが並んでいた。どれもお世辞にも美しいとは言えなかった。


あんまり人のバッシュは履きたくないけど、この際だからしかたなし。


 着替え終わって、部室を出るとドアのところでサクラさんからビブスを渡された。


ミヤミユが自分が受け取った5番のビブスを見ながら、


「あたし4番つけたかったな」


「なんで?」


 6番を着たサキが聞く。因みにあたしは8番。


「キャプテン番号付けたことないから」


 バスケのゼッケンは、ジャッジサインが1、2、3を使用する関係で4番からなんだけど、その4番がキャプテンナンバーって学校が結構ある。


あたしの中学も4番だった。


「関係なくない? うちの高校、キャプテンは好きな番号もらえて、あたしの代の子は13番付けてたよ」


「町田瑠唯ちゃんだ」


「世界のポイントガード。シルバーメダルの立役者」


「「イエーイ! ハイタッチ!」」


 ミヤミユもサキも楽しそう。こんなミヤミユ、見たことなかったな。


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