第1話 写真

 一番古いと思われる写真の中で、彼女はは十代前半のまだ子どもだった。ロールネックの幾何学模様のアイボリーのセーターを着て、手には朱色に染まった楓の葉を持っている。肩に届かない位の黒髪に覆われたふっくらとした頬にエクボがある。数枚の写真の中で最も素朴で柔らかい笑顔。この写真の裏には、子どもらしい字、それでも僕の手書きと分かる文字で、「ホームルームのテーマ『紅葉の葉』11月17日」と書かれてある。小学生の頃、授業の一環として友達を撮影したのだろうか。それなら僕の写真は彼女が撮っているのだろうか。アイボリーのセーターの幾何学模様には見憶えがある。

 そして背景の並木道にも。これは生まれ故郷の家の近くの公園と林の中を貫く並木道だ。

 なぜかその写真を撮った後の事まで憶えている。寒い木枯らしの吹く一日で、家に帰ると母親の温かいシチューが出来ていた。

「さあ、二人とも、寒かったでしょう? シチューが出来てるわよ」

 そんな言葉まで憶えている。



 他には中学の時の写真が何枚か。数名で写したものもあれば、二人で撮ったものもある。この頃は若い女の子らしくカメラ目線でぱっちりと目を開き、ポーズをとっているものもあれば、敢えて堂々と背を伸ばしカメラに挑戦的な視線を投げかけている時もある。



 その他には、舞台衣装のようなドレス姿。彼女は10代なのか20代なのか分からない。いかにも戦後のアメリカといった感じの丸襟のドレス姿で、カチューシャで前髪をアップしたロングヘア。舞台稽古を撮影したものと思われ、そのためカメラの方を見ていない。共演の俳優と思われる若い男性と一緒に何か下にあるものを穏やかに見つめている。一体、見つめているものは何だろうか? とても気になる一枚。



 最も僕との関係を匂わせる写真は、異国で写されている数枚。僕はニューヨークに住んでいた事もあると公的書類が揃っている。その頃のものだろう。下町のような場所で写されたものもあれば、部屋の一室の事もある。下町で写っている一枚の中には僕達の他に太った外国人の中年女性やきついメークをしたアジア人の女性も写っている。部屋の中で写した一枚にもこのきついメークのアジア人女性は彼女と一緒に写っている。僕と問題の彼女が二人で寄り添ってという写真はなかった。せいぜい横に並んでいる位だ。この頃の彼女はロングヘアにウェーブのかかったパーマというヘアスタイル。似合っていない気がする。



 きっと彼女とは長い付き合いなのだろう。病気のため思い出せない事に苛立ってしまう。



 僕はまだ元気な間に、関係者に会い、証言を集めたり、証拠探しをする事にした。これは相談をした便利屋のN氏(行きつけの惣菜屋の二階で進学塾を開いていて、小さく便利屋の看板も出している人物)からのアドバイスにより決意した。

 その段階で色々細かく僕達は決めた。信頼するのは幾つかの条件を満たす事柄だけ。つまり、物的証拠のあるもの。物的証拠でも弱いものである時、信頼できる誰かの証言、それも客観的な証言が同時にある事。信憑性が疑われる時にはその周囲、家族にも話を聞く……等など。この女性に限らず、自分の事で知りたい事は今の内に調べておいた方がいいとN氏は言う。でも自分にはそんな気力はない。親しい友人もいない自分に調べて価値ある過去があったとは思えないからだ。

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