第2話 星空

 まず僕はN氏と一緒に自分がニューヨークの画廊の雇われオーナーをしていた三年前を知る人物の話を聞きに行った。

 僕が公式にそこで過ごしたのは二年と八ヶ月。その間、絵のバイヤーをしていた人物の一人で、当時、日本とニューヨークを行ったり来たりしていた人物だそうだ。小林優樹氏という三十代後半のその人物は彼女にあまり良い印象は持っていなかった。



「彼女と縁が切れて良かったんじゃないですか?」といきなり言ったからだ。

「結城さんは半年間は彼女と同居していたんですよ。周囲には妻なんて紹介していた事もあったけど、バレバレですよ。アパートに同居しやすくするための嘘だって。だってお腹の中の赤ちゃんの父親でもなかったんですよ。妻って偽ってた事で詐欺で訴えられそうになった事も忘れてしまったんですか? 覚えてなくてラッキーですよ」


 N氏が咳払いをした。


「すみません、デリカシーがなくって。でもあなたは彼女に散々な目に合わされたんですよ。特に最後なんて金銭や家財道具で使えそうな物を少々盗んで姿を消しましたからね。アンとサリーってあの友人の女」


『アン』は彼女のニューヨークでの呼び名だった。

「サリー?」


「彼女と一緒にあなたの部屋に同居してた中国人女性ですよ。彼女の向こうでの劇団仲間らしいです。どっちかと言うとサリーが黒幕という噂でした、彼女らのトラブルについて言うとね」


 写真の中のきついメークの女性が『サリー』なのだろう。


 そこは小林氏の自宅兼オフィスだったので、妻がその場にコーヒーを持って現れた。そして、またアンとサリーのバッシングが始まった。



「結城さんの住んでたアパートの大家さんは電話でアンの事、『東から来た魔女』って呼んでたわ。私もね、向こうでの友人に紹介してってさんざ頼まれたのよ。でも断り続けたわ。断って正解よ」


「そりゃそうだ。ロクな事になりそうもない」と夫も同意する。


「まさか投資話でもしてたとか?」とN氏。


「そんな頭はないんじゃない? 変なブレスレットやお守りとか売ってたよ。幸運が訪れるってさ」


「ハハ……」とN氏の乾いた笑い。


 何だかずいぶん落ちぶれた女達に感じられる。


「何で僕は相手にしたのだろう?」と僕。


「そりゃ惚れてたからじゃないですか?」とあっけらかんと小林氏は言った。妻も同感のようだった。

「だって最初はサリーもいなかったものね」


「そうか。彼女一人だったのか……」それなら仕方なかったのかもしれない。


「うん。同居し始めて、サリーが現れた時の結城さんはちょっと悲惨だったよ。彼女達、いつも腕組んで一緒だったし。二対一という感じで孤立してた」と小林氏は同情の込もった眼差しで思い出していた。



「別にね、誰かさんの想像するような特別な仲ってわけではなく、彼女達は共有するものを持つ同士だったのよ。女同士はそういうのがあるの。異国では特にね」と小林氏の妻が言う。



 思い出す場面シーンがある。寒さの中、公園のベンチで彼女と缶コーヒーで暖をとりながら笑っている僕と彼女。でも次の場面シーンではしゃいでいるのは二人の女性で、僕は蚊帳かやの外。小さなジェラシーが心の中にくすぶって、白い三日月と星を見上げている自分。そうだ、星空が綺麗だったな。あれは夢なのかと思っていた。



 ――東から来た魔女か……でも――

 と僕は思った。――おかげでたとえくすぶった気持ちでも、何かしら感情らしきものが蘇ったし、星空も思い出せた――



 そして僕と彼女は共有するものを持たない同士だったらしい事を夫婦の証言により知り得た。



「それで僕はどうしたんですか? 彼女達が姿を消した後、窃盗の被害届を出したんですかね?」


「いいえ、ほとんど空っぽになった部屋にポツンと立って、『あれで当面の生活に困らないんだったらそれでいいんだよ』って言ってたって。後から向こうの住人の間で噂でしたよ」



 

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