第18話 神の目、神の耳
『簡潔に言おう。君の力は“神の力”だ』
「…………え?」
『現時点だと“神の目”と言った方が良いか。君が視ている視点は神の視点だ』
流石に予想外だったのか、フィリップは固まっていた。
『神は究極的に言えば“世界を管理する者”だ。管理者は管理をする為に必要な情報が視えていなければならない。聴こえていなければならない』
ピクリとリリアンが反応した。
『そうだ。リリアン・ミューエ。君の力も同じだ』
「! 気付いていらっしゃったんですね……」
守り神が気付いたのは、本当についさっきだった。
周囲へ警戒を尖らせていたからか、本当にふとリリアンの力を感じたのだ。そしてああ、そういうことだったのかとすとんと腑に落ちた。
『君の場合は“神の耳”と言った方が良いかな? 植物に特化しているみたいだけれども』
「はい。私は昔から植物の声が聞こえるんです」
それが特別だとすら知らなかった。
リリアンにとっては普通のことで、だけれども何となく言ってはいけないことも分かっていた。周りが微妙な雰囲気になるのだ。だから余り言わないようにしていた。その頃は変な子だとは思われていたけど、まだ普通の子供として生きていけていた。
だけど、妹が産まれた。妹に尊敬の目で見られることがとても心地良くて、ある日リリアンは愚かにも妹に秘密を打ち明けた。そうしてリリアンは“普通の子供”ではなくなった。
『ああ。どちらも同じだ。君達は人の範疇から外れた神の力を持っている。恐らくは産まれながらに』
フィリップとリリアンはどこか遠い目をした。
その目には何が映っているのだろうか。色んな感情が渦巻いているのだろう。色々と思うところがあるのだろう。
しばらくは誰も何もものを発しなかった。
「リリ」
そっとフィリップがリリアンの手を握った。
名を呼んだだけだったが、その手のぬくもりとその目の暖かさから十分伝わったのだろう。
リリアンはにこりと微笑んだ。
「大丈夫です。何か分かったとしても私達は私達。何も変わりませんから」
「うん、そうだね。僕らは僕らだ。この力ごと、僕らだ」
「はい、フィー様」
フィリップとリリアンは2人ぼっちだった。
2人ぼっちの世界は傷を舐め合うだけの世界だったけど、今は自分達を見守り、導いてくれる守り神が居る。そこは優しいだけの世界ではないかもしれないけれど、フィリップとリリアンは一歩踏み出すことを止めようとは思わなかった。
「守り神様。僕たちの力についてもっと教えて下さい。そして出来れば……僕らがこの力をもっときちんと使えるようにご指導お願いします」
「お願い致します」
たった6日だ。1日目は寝ただけだから実質5日だ。
5日で良くもここまで変わったものだと思う。良くもここまで瞳に精力を満ちさせることが出来たものだと思う。
ここに来た当初は気力を振り絞っていただけで半ば諦めた目をしていたと言うのに。本当に心から前向きに将来を語ることが出来るようになるなんて、何が起こったのだろうか。
流石に神様にも分からない。
『わざわざ頭を下げる必要はない。拒否するつもりなら最初から話していないさ』
「では……」
『ああ。すぐに十全に使いこなせるようにさせるのは無理だが、少しずつ学んでいけば良い』
そもそも神の力を人間が軽々しく扱えるようでは神の名折れだ。それなりに苦労してもらわないと。なんて守り神は思わなかった。
むしろ、神の仕事を肩代わりして貰えるならそれでも良いかなと思っていた。
今、守り神が神としての仕事をしているのかと言われたらしているのかは分からないけれど。
そもそも守り神は自分が何を守っている神なのか、いや、本当に守り神なのかすら分かっていなかった。神としての知識はあるのに、自分が本当のところ何の神かは分からないのだ。
だって守り神と言い出したのはフィリップだ。フィリップは何をもって自分を守り神と呼んだのか守り神には分からなかった。
『当分の目標は……あんな風に結界の前に落ちるまで待つ必要なく攻撃できるようになることだな』
守り神が結界の方を指すように尻尾の先を向けると、そこにはアードラーがひっくり返っていた。
「あっ」
守り神の尻尾の先を視線で追って、それを見たフィリップは声を上げてパッと立ち上がると剣を取り、結界に向かって走って行った。そのまま勢いよく脳震盪を起こしているらしきアードラーにトドメを刺す。
リリアンはそこまでいってから、ようやく立ち上がるとツルを手に取ってフィリップを追い駆けた。
「フィー様。足を縛りましょう」
「リリ、流石だね。ありがとう」
ザックリと首を落とすと、足首をツルで縛り、逆さにして木に吊るす。
「まあ、そんなにこっちは時間掛からないだろうけど、ここに置いておこう」
「はい」
手を洗うなどささっと後始末をして祠の前に戻って来る。
「すみません、守り神様。お話し中に」
『構わないさ。鶏肉は栄養があるからな。今夜にでも食べると良い』
「そうさせて貰います」
『ついでにロードホーンエーバーももう血抜きは出来ているみたいだし、解体するつもりならしたらどうかな? 力の件は今すぐにというわけではないんだろう?』
「あー……そうですね。木も今日中に倒すくらいまではしておかないと不安ですし、やるべきことを先に終わらせてしまいますね」
『ああ、そうすると良い。生活が第一だからな』
「はいっ」
フィリップとリリアンは祠に何かあるのが一番怖いと伐採から先に行うことにした。横に倒しさえ出来れば安心なので、そこまでしてからロードホーンエーバーの解体に取り掛かった。
「エーバーの毛皮は半分にして地面に座る際の敷物にしようか。朝とか寒いからな」
「いいですね。もうすぐ夏になりますけど、冷えますからね」
「……夏が終わる前には畑が作れると良いんだけどな。冬が心配だよ」
「そう言えば、魔の大森林の天候ってどうなんでしょうね。もっと荒れているものかと思っていました。ここに来てから雨も降っていませんけど……」
「言われてみればそうだな。今雨に降られると僕達寝ることも出来なくなるから勘弁して欲しいけどな」
「一気に家を作るのではなく、簡易小屋を作った方が良いかもしれませんね」
「確かに屋根だけでも必要だな。あの木を奉納したら相談してみよう」
ロードホーンエーバーとアードラーの解体が終わる頃にはもう日差しが和らいでいた。
「少し早いけど、夕食にしようか」
「そうですね。何を作りましょうか」
「リリにお任せするよ」
メインの肉はアードラーだと決まっている。守り神から勧められたのだ。食べなきゃ損だろう。
リリアンが食事を作る間、フィリップは火を熾した後は今日の成果物やずっと残ったままになっていたロートベーアやグラオホーンヴォルフの骨や爪などを全て一緒くたにして奉納した。
供物の奉納は回数制限はあるが、量や種類の制限はないのだ。
「リリ、今ナイフ使ってる?」
「え? いいえ、今は使ってません」
「なら、少しだけ借りるね」
「はい」
ずっと気になっていた刃物系を全て集め、これも奉納し、そして加工して返して貰う。
つまり、手入れ代わりに新品状態にして貰ったのだ。
「おお、綺麗だ。これなら良く切れそう!」
『君の腕じゃ大した違いにはならないと思うぞ』
「い、いいんですっ。剣の切れ味が落ちていたのは事実なんですから!」
はしゃいでしまったことと、剣の腕がお世辞にも上手いとは言えないことを自覚しているフィリップは恥ずかしそうに剣を仕舞った。
「リリ、切れやすくなってるから気を付けてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
そうしてその日の夜も更けていった。
たった1週間だけど、フィリップとリリアンにとっては本当に人生が変わった1週間だった。
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