第19話 百幸は夫婦に如かず
ここに来てから7日目。
フィリップとリリアンは朝起きて、毛皮の中で「おはよう」と言い合い、寝床から出る。実を言うとリリアンの方が早く起きているのだが、動くと起こしてしまうのでフィリップが起きるまでじっとしているのだ。
寝床から出ると、昨日作った毛皮干し場にロートベーアとグラオホーンヴォルフの毛皮を干す。勿論、朝露や土は出来るだけ払ってからだ。
そして既に朝露で濡れてしまっている顔を湧き水で洗ったり、口を漱いだりして身だしなみを整える。
準備が終われば祠の前に行き、祈りを捧げれば今日の朝の習慣も終了だ。
「守り神様」
『ふんふん、おはよう』
「「おはようございます、守り神様」」
今日の朝のメニューは昨日のアードラーの肉の残りを使った
守り神が肉や塩、必要な植物を出し、フィリップが枯れ枝を設置して火を熾す。リリアンは食べやすい大きさに切って、それらを炒めてから水を入れ、沸騰したら味を整える。いつもの食事前の風景だった。
「今日もリリの作ってくれたご飯は美味しいね」
「食材が良いんですよ」
フィリップがほおっと暖かさに息を吐きながら言うと、リリアンは嬉しそうに口角を上げながらも謙遜してみせる。
「リリが作ってくれるから美味しいんだよ」
嬉しがっていることが分かっているから念押しするように言うフィリップに口説いているつもりはないのだろう。何せいつものことだから。
「それを言うならフィー様と食べられるから美味しいんです」
それにリリアンも対抗するように、甘さを感じさせない口調で口説き文句を言う。
「それも否定できないな。一緒に食べる人は大事だもんな」
「ええ、とっても大事です」
王宮の頃を思い出し、実感を込めてフィリップもリリアンも力強く言う。お互いに全く甘さのない口調だ。フィリップとリリアンにとってはただ事実を述べているだけなのだろう。
そして辛いことをわざわざ思い起こさせることはないとお互いに思い、話題を変えた。
「今日は何をなさいますか?」
「まずはあの木を奉納出来るようにしたいね」
昨日、無事に祠を潰すような事態を起こすことなく、伐採出来た木を目線で指し示しながらフィリップが告げる。
「屋根の件ですね」
「ああ。後は魔物が来ないならだけど少し実験したいな」
「実験、ですか?」
今までは戦闘・生産・採取という生活に関わりのある作業しかして来なかった。なのに、いきなり系統の違う作業を言われて、リリアンは首を傾げた。
「結界だよ。簡単に必要信仰量を減らせる手があるかどうか確認したいと思ってね。もし簡単に減らせるなら減らした方が良いだろう?」
「なるほど、そうですね」
こうしてまだまだ足りないながらも生活が安定するようになっても、守り神の信仰による奇跡の行使は非常に重要だった。奇跡があるから生活は安定しているのだから当然だ。
だから、奇跡を行使する為の元となる信仰を節約するのは必須事項だった。
「でも、どうやるんですか?」
「それは後でね。幾つか思いついていることがあるから、楽しみにしてて」
「分かりました。フィー様のお手並み拝見ですね!」
「あはは。楽しんで貰えるかな」
「失敗しても挑戦することは悪いことではないです! 絶対に!」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ」
「はいっ」
(ああ、思い出した。“百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず、百考は一行に如かず、百行は一果に如かず、百果は一幸に如かず、百幸は一皇に如かず”だな)
昨日のロードホーンエーバーとの戦いの時からもやもやしていたことを守り神は思い出し、すっきりした顔をした。しかし、これも通じる人がいないとは悲しいものだ。
フィリップとリリアンの2人で通じ合っている姿を見ていると、独りでごろごろするのが好きな守り神でもセンチメンタルな気分にならないことがないわけでもなかった。これを
(まあまあ、“百幸は一皇に如かず”は2人きりの生活には必要ないか。“百幸は恋人に如かず”にでも変えた方がいいんじゃないか? んや、この2人は恋人未満夫婦以上ってやつだから“百幸は夫婦に如かず”の方が正解かな?)
と、守り神は心の中だけで笑った。
やはり、これが通じる人がいないとは悲しいものだ。
フィリップとリリアンは朝食を終えると、一本の斧で枝払いを始めた。前回同様、根元を切り落として一本の綺麗な丸太にすることを目的とするのではなく、運ぶ際に邪魔になる枝を途中で切り落とすことを目的としたものだ。この残した枝が長すぎると運ぶ際に邪魔になるし、短すぎると枝払いするのが大変になる。という妙に頭を使わないといけない作業だったりする。
すべての枝を払い終えると、次は運べる重さにする為に、6:4くらいで根元の方が短くなるように真っ二つに切る。ひたすらに丸太もどきをくるくる転がしながら、斧を上から下に振り落とし、切れ目を深くしていくのだ。
祠に近い位置の木だったし、祠の方に向かって転がしていたから、切り終わる頃にはもう大分祠に近いところまで来ていた。切る必要ないのではないかと途中でフィリップとリリアンも思ったが、結局最後まで切り、いつも食事している焚き木場所を越す為だけに持ち上げたかのような運搬を行ったのだった。
「ふう。やっぱり疲れるね」
「はい、昼食にしましょうか」
「だね」
いつもの如く、守り神が必要なものを出し、フィリップは火を熾し、リリアンが料理する。
今日の昼食のメニューはアードラーと野草の炒め物だった。
「リリ、これも美味しいよ!」
「ふふ、ありがとうございます。……早く畑作りたいですね」
リリは出来が不満なのか、伐採が始まったばかりの場所を見て溜め息をついた。先は遠そうだと。
「リリは畑が出来たら何作りたいんだい?」
「んー……まずは
「……リリ、それは禁句だよ」
「あれ? すみません」
「いや、良いんだけどね……」
パンはこの世界では主食のようだった。いや、フィリップとリリアンの居たところでは、と言った方が良いか。守り神はどうにかしてあげるべきかなと思いながらも、これまで欠片もパンが欲しそうにすることがなかったフィリップとリリアンに、やっぱりこの2人はどこか壊れているのではないかと思う。
「そうだ、守り神様」
『んあ?』
「さっき奉納した木と前に奉納した分を合わせたら、屋根だけでも創れませんか? 雨が降った時の為に設置しておきたいと思っているんです」
そう言われて守り神の頭に浮かんだのはキャンプなどで良く見るあの屋根だけテントだった。いや、運動会とかで見るあの三角になっている方の屋根だけテントかもしれない。
『屋根だけ? それは雨の時に食事が出来ないから、ここに屋根を設置しておこうって話かな? それとも家をいきなり創るのは大変だから、屋根だけ先に創りたいって話かな? どっちだ?』
「確かに食事も大事ですね。ですが、私は後者を想像しながら言いました」
『そうかそうか。どちらにしても木が足りないな。無理だ』
特に家を想定しているのなら、柱だけで終了してしまう量しか奉納されていない。最終的にどこまでを想定して建てるかは置いておいて。
「そんなに豪華な家を求めていませんよ? 物置とか犬小屋程度のものでも雨風を凌げれば十分です」
『それでもだ。神の力で端材すら出さずに創るとしても後2本は奉納しないと話にならないな』
「そう……ですか……」
あからさまにガックリと肩を落とすフィリップに、リリアンが心配そうに身を寄せ、フィリップの手に自らの手を重ねた。流石リア充である。
心配そうに顔を覗き込む女性と、女性に心配そうにされて力なく微笑む男の子。どこのドラマシーンだと守り神はツッコみたくなった。
『まあまあ、雨が降った際の懸念は分かる。だから家には出来ないが、ここ食事処を覆うくらいの屋根は仮設置ではあるが創ってやろう。万が一の時はここに避難すれば良い。但し、本当に脆いものだから壊れないように扱うこと。後、余裕が出来たら補強するからそのつもりでいるように』
そんな甘々な雰囲気を蹴とばすように提案し、快諾した返事を聞いた後、さっさと建てた。
(本当にもう。何でこれで付き合ってないんだ!)
守り神は最近、恋人の定義の方が間違っているんじゃないかと思い始めたのだった。
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