第17話 この力ごと自分を受け入れたい
「さてと、血抜きは時間が掛かるから放置することとして……どうしようか? 伐採でもする?」
力仕事に次ぐ力仕事だが、今できるのはそれくらいだ。
「そうですね。休憩しながらすれば大丈夫でしょう」
「だな。疲れには気を付けよう」
「はいっ」
先日はわざわざ伐採する木を選んだが、あの時点ではここを平野にする計画はなかったし、なにより小物を作るという目的があった。だが、今日からはただひたすらにそこにある木を全て伐採すれば良い。
「それじゃ、この木にしようか」
「構いませんが、気を付けないと祠にぶつかってしまう可能性がないとは言えません。倒れて欲しい方向にきちんと倒れるよう補助した方が良いかもしれませんね」
「あー、祠は拙いな。確実に別の方向に誘導しよう。どうしたら良いか分かるかい?」
「では縄を創って頂きましょう」
「縄か……」
フィリップは木をじろじろと見ながら、少し思案する様子を見せた。
「何に使うか分からないけど、長い縄を欲しているということだよね?」
「はい、望む方向に倒す為に枝に縄を掛けて、他の木に結び付けるんです。そしてその結びを徐々にキツくして倒したい方に自重が傾くようにするんですよ」
「なるほどね。……流石にここは信仰量を惜しんだりするところではないな。祠に何かあったら終わりだからな。よし、創って貰おう」
「はいっ」
フィリップとリリアンは守り神に頼んで、縄を創って貰った。
木は祠から見て横方向に倒れるようにすることにした。万が一逆に倒れて祠を押しつぶされたら困るからだ。横方向ならそんな万が一は起こらないだろう。
そう考えてフィリップとリリアンは縄を倒したい木の枝と倒したい方向の木の幹に縄を結んだ。そして倒したい方向に斧を叩きつける。
昼になるとフィリップとリリアンは昼食を食べた。今日は串焼きだ。
「あれ、放っておいて良いのですか?」
食べ終わった後にリリアンはそう言った。何せリリアンでも見える位置に魔物が居るのだ。倒すべきだと言う意見もあるかもしれない。しかし、今の時点では手が出せそうにない。
「遠くから覗いているだけだからな。僕達も向こうも何もできないよ」
「それはそうですが……」
現時点でフィリップとリリアンの攻撃は剣による刺殺しかない。結界前に来てくれなければ何も出来ないのだ。
「それとも弓でも創って貰うかい? 多少なら僕は出来るけど」
「いえ、フィー様が必要ないと思われるなら私はそれに従います」
「……そうか。なら、守り神様に聞いてみようか」
「フィー様がそうおっしゃるなら」
「うん」
フィリップとリリアンが祠のところに行くと、やはり守り神は丸くなって寝ていた。
「守り神様」
『くあ……何かな?』
いつものように気だるげに欠伸をして守り神は起き上がる。
「前に結界を拡げるには、その土地を自分達のものにしていた方が必要信仰量は低くて済む。逆に魔物に取られていたら必要信仰量が多く掛かる。とおっしゃっていましたよね?」
『んー、あー、まー、そーだな』
「今、あそこに魔物がいるわけです。これ、どうなるのでしょうか」
フィリップが指差した方には木の枝に止まって、じっと吊るされているロードホーンエーバーを狙っているアードラーがいた。
『どうもしないな。もしやってくるなら自滅するだろうから、待ち構えておけば良いんじゃないのかな?』
アードラーは鳥型の魔物だ。ロードホーンエーバーの肉を奪おうとした時、アードラーが取る行動は1つ。枝から離れ、掠め取る為に空中をロードホーンエーバーに向かって飛んでくるはずだ。
そうなると当然、アードラーは確実に結界へ頭をぶつけることになる。守り神はそうなったアードラーにトドメを刺せば良いと言っているのだろう。
「そうではなく、あそこに留まり続けたり、魔物を狩る度にやって来るということも有り得るでしょう? そうしたらあそこは魔物の領域となりませんか?」
『ふんふん、言いたいことは理解した。確かにそれは有り得ることだな。そしてそして君達には長距離攻撃出来る手段が現時点でないから、あそこに留まっている限り攻撃が出来ないとそう言いたいわけだな』
「はい、簡潔に言ってしまえば」
守り神は思案した。フィリップが力を十全に使えればそんな心配は要らないのだ。でも、フィリップの力は人の身に余る力だ。使えるようになることが幸せとは言えない。
フィリップの
リリアンさえ関わらなければ。
そう。これが大事な点だ。
フィリップにとってリリアンは自分自身より大切だと言って良い。リリアンにとってもそれは同じだが、今大事なのはリリアンに何かあったらフィリップはその強大な力を使って暴走してしまわないと言えるだろうか? 否、言えない。
物事に100%はないが、例え1%でもあるのならフィリップは今のままの方が良い。過剰な力は身に付けない方が幸せだ。
(だが、そんな幸せ、クソくらえだな)
人間の部分の守り神はそう思った。
大切な人が酷い目にあわされて、そんな目にあわせた奴らに復讐したいと思った時、力を使うのは悪いことだろうか。一般的には復讐なんて何も産まない。そんなの君も不幸になるだけだ。と言われるだろう。
しかし、例えその後幸せになれなくとも、大切な人との幸せな未来が初めからないのであれば、その未来を奪った者達を同じ目に合わせたいという純粋な憎しみは責められるものだろうか。本当に責められるべきはその未来を奪った者達だろう。
むしろ最後に残った復讐という手立てすら奪うのは悪人となにも変わらないとも言えるのではないだろうか。
その一方で神様の部分の守り神はこう思う。
(フィリップは人間だ。人間が人間の範疇から出ることを神である私が手伝ってしまっていいのだろうか。それは私の傲慢ではないだろうか)
フィリップの力がどこから来たものなのかは知らない。否どこから来たものでも今はフィリップ自身の力だ。
だからそう。初めから決まっていた。
『フィリップ・ヴェルト。君に問おう。君はここで穏やかに生きていきたいと願った。しかし、君の力は強大だ。強大な力というものは時として色々な厄介事を引き付ける。君が望もうとも望まずともだ』
「……………………」
『君は、その力とどう付き合っていきたいと思っている?』
いきなり話が飛んだ。フィリップは魔物対策について相談していたはずなのに、いきなり自らの持つ異端な力について尋ねられて戸惑った。
でも、もうそれについては大丈夫だ。答えは出ていた。
フィリップは目を瞑り、そして穏やかに笑った。
「僕は僕です。この力も含めて全てが僕です。リリはこんな僕を受け入れてくれました。守り神様も……僕の勘違いでなければ、この力を否定されたことなど一度もございません」
少し前なら違った答えになっていたかもしれない。けど、今なら言える。
「僕は……私は、この力をきちんと自分のものとしたいです。誰の為でもなく、自らの為に。リリがこの力ごと私を受け入れてくれたように、私も私の力ごと自分を受け入れたいんです」
「……フィー様……」
驚き、そして柔らかく笑うリリアンに、フィリップも笑みを返した。
「守り神様。この力について、知っていることを教えて貰えませんか? 私は私の力について知りたいんです」
『………………』
それは、フィリップの覚悟だった。
守り神はリスクを考えていない愚かな選択だと思った。だけど、ならばその時は、フィリップ達が自分達の力で自分達を守れなくなった時は、自分が守ってやらねばならない。いや、この愚かで純真な大切な信者達を守ってやりたいとそう思った。
『了解した』
ただそれだけでフィリップには十分だった。
「ありがとうございますっ」
しっかりと頭を下げたフィリップは満面の笑みを浮かべていた。
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