第15話 思わず口に出してツッコんでいた
ここに来てから6日目の朝となった。この世界では1週間が6日になるので、今日でここに来てから1週間ということだ。
フィリップとリリアンはお互いに「おはよう」と挨拶を交わし合ってから寝床を出た。ロートベーアの毛皮とグラオホーンヴォルフの毛皮は軽く上下に振って畳んで置いておく。その内、干す場所も創って貰った方が良いかもしれないとリリアンは思った。
外で寝ているのだからいつも朝露に濡れてしまっているが湧き水で手や顔を洗ったり口を漱いだりする。髪は手で梳かし、水に濡れた部分は布切れで拭く。そうして身だしなみを整えれば準備は完了だ。
最後に祠の前に行って、祈りを捧げれば毎朝のやるべきことは終了する。
『おはよう』
「「おはようございます、守り神様」」
呼び掛けるとポンっといつものように現れて挨拶をしてくる守り神と挨拶を交わすと、朝食に取り掛かる。まだ陽が昇っていない寒い朝に
昨晩と同じように汁物を作り、ほっと一息ついた。
「あったかいなぁ」
「ええ、朝はこういうものが良いですよね」
冷えた体に暖かな
「だな。串焼きも美味しかったけど、朝は寒いからな」
「ふふ、そうだわ。余裕が出来たらお茶も作れるようにしましょう。少しですが、茶葉は採取出来ましたしね。時期外れですが」
「楽しみにしてるよ」
「はい」
そんな和やかな会話をしながら朝食を食べ終えると、いつものように祠の前に戻って来た。しかし、いつもとは違ってフィリップとリリアンの手には当然のように剣が握られていた。
「守り神様」
『ああ、疲れきってしまうまで放置するのかと思ったんだがな』
守り神はフィリップとリリアンの持つ剣にさして驚いた様子も見せなかった。
実を言うと、フィリップとリリアンが起きた時から結界の外に魔物が居たからだ。目には入っていたのだが、フィリップもリリアンも示し合わせたかのように全く反応しなかった。となると当然守り神も反応を示さなかった。そうして三者が三者とも無視するものだから、誰も指摘しないままいつもの朝となったのだった。
「はは。それも良いですね。ですが折角ですし、あれも奉納して魔物は一部信仰に還元して貰おうと思うのです」
『なるほどなるほど。それは良いことだな。肉は十分にあるし……結局あの骨とかもとっておいているだけで使えていないもんな』
「すみません。色々していたら手付かずになってしまっており……もうあれらも一緒に全部奉納してしまってよろしいですか? 解体はきちんと行いますので」
『解体ねぇ……還元するのならわざわざする必要はないから、それだけ気を付けると良い。無駄な労力になるからな。だが、肉なんかは美味しい種類のもの以外は還元してしまって良いかもしれないな。まあまあ、その辺りは自分達で判断すると良い』
「はい。そう致します。その為にもまずはきちんと狩らないとですね」
全くない力こぶを作るようにして張り切ってそう言うフィリップに守り神は再度魔物を見た。
『ロードホーンエーバーだな』
分かりやすく言うと一角イノシシ。猪突猛進をそのまま攻撃として更に進化させたような魔物だ。角が赤くなると怒っている証拠で、熱も発生するので火傷したりしないよう気を付ける必要がある。
「念の為にお尋ねいたしますが、結界は熱も防ぎますよね?」
『当然だろう』
「本当に丈夫ですね。安心しました」
だが結界が熱を防いでくれる以上、今ロードホーンエーバーがしている結界への角での攻撃を避ける必要もなければ逃げる心配をする必要すらない。
既に角が赤くなっている怒りモードだからだ。怒りモードのロードホーンエーバーは獲物を仕留めるまで止まらない。
「ほっといても自滅するだけなのは分かっているんだけど、折角だし練習がてら倒してみよう」
「はい、フィー様」
フィリップとリリアンが近付いても、ロードホーンエーバーは結界への頭突き……いや、角突きを止めなかった。しかし、目の前に立つと流石に無視出来なかったのか睨むようにしてきた。邪魔するなと言いたいのだろう。
けれどフィリップとリリアンはもう初心者ではない。ロートベーアとグラオホーンヴォルフを狩った経験がきちんとあるのだ。そんなロードホーンエーバーの睨みに怯んだ様子は一切なかった。
「今回は難しいな。角で突いているから首は差し出されているようなものだけど、エーバーの首を落とすなんてどれだけ掛かるか分からないよ」
「身体の部分は剣が届きそうにないですしね」
「結界に攻撃している間に地道に首を攻撃するしかないのかな。逃げることはないだろうし、足を潰す必要はないよね」
「はい、やりましょうか!」
「そうだな。頑張ろう、リリ!」
「はい、フィー様っ」
結界がある為だろう。冷静に判断し、役割分担をする。ただそれだけのことだが、少しは成長したということなのだろう。
ロードホーンエーバーへはリリアンが挑発を担当しフィリップが首へ攻撃する。チクチクした攻撃は実に煩わしいのだろう。ロードホーンエーバーは鼻息を荒くして地面を前足で掻き、何度も何度も角突きをしてきた。勿論、その全ては結界で阻まれ、フィリップやリリアンには届かない。
「そう言えば、フィー様」
「ん? なんだい?」
フィリップとリリアンもだが、ロードホーンエーバーの攻撃も単調だ。全くバリエーションがない。だからリリアンも余裕があるのだろう。フィリップに話し掛けた。
「フィー様の目で弱点が魔物の弱点が視えるんですよね?」
「ああ、そうだよ。正確には弱点ではなくて魂を繋ぎ止めておく命綱だけど、同じようなものかな」
「それ、顔にはないんですか?」
「……え?」
「いえ、ですから頭部にあるならついでにそこを攻撃すれば一石二鳥かなと。……ダメですかね?」
「……リリ、天才だね」
「……フィー様って妙なところで抜けてますよね……」
思わずリリアンはしみじみとそう言ってしまっていた。
(いやいや、天然リリアンには言われたくないだろう)
心の中でだけ守り神はツッコんだ。ロードホーンエーバーとの戦闘があまりに退屈だったのだ。いや、これを戦闘と呼んでいいのかすら分からない。とにかくフィリップとリリアンはチクチクチクチク突き、ロードホーンエーバーはガンガンドンドンと結界に角をぶつける。変化があるとしても時々ロードホーンエーバーが頭を振って「ぶるるるる」と鳴くくらいだ。
「んー、なさそうだな……」
攻撃の手を緩めることなく、しばらくじっと観察していたフィリップがそう結論付ける。
「そうですか……残念です」
「いや、でもいい線いっていたと思う」
リリアンを慰める為か、リリアンの折角の提案を無駄にしたくなかったのか、フィリップはそう言葉を続けた。
「ほら、最初に守り神様が言っていただろう? 脳にあるのが魂で、これを体から解き放てば生き物は死ぬって。つまり、一番の弱点は魂のある脳ってことなんじゃないのか?」
「……確かに、言われてみればそうですね」
「だろう?」
フィリップも自分で言っていていい線いっていると思ったのか、口調が明るくなる。
「つまりだ。脳を攻撃するのが一番簡単で確実な攻撃方法ってことになる」
「なるほど。ですが、フィー様」
「何かな?」
「脳ってどうやって攻撃すれば良いんですか?」
「……うん、そうだよね」
一気にフィリップの口調に力はなくなった。
『いやいや、そこまで分かったのなら諦めんなよ!』
思わず、守り神は口に出してツッコんでいた。
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