第14話 前向きに捉えられるようになっていた

 フィリップが必要信仰量がかなり少なくて済む方のお風呂の設置を望んだ。その信仰量を聞かれ、守り神は改めて透明の画面を確認する。


『お風呂自体は2日分の信仰量で出来るな。だが、結界が正直分からないんだ』

「分からない、ですか?」

『多分だが、結界は拡げる前に自分達の土地になっていると必要信仰量がかなり減らせる。逆に魔物なんかに取られていると必要信仰量がかなり必要となる』


 これは結界が拡がるにつれ必要信仰量が徐々に増えるのではないかと仮定して守り神が計算してみたのだが、どうにも法則に当て嵌まらない上に時々必要信仰量が変わっていることに気付いたのだ。よって注視してみていると、その領域に魔物が居ると必要信仰量が跳ね上がることに気付いた。そこから色々と見た結果、そういう結論になったのだ。


「ああ、なるほど。確かに理屈として間違っていませんね。ですが、自分達の土地にするにはどうしたら良いんでしょう?」

『拡げたい領域に2人が居るだけでも必要信仰量が下がることは確認しているが、例えばそこの木を伐採する、そこの土を耕して畑を作るなどまるで既に自分達の領域であるかのように振舞ったら更に下がると思う。やってみないと分からないけどな』

「そうですか……」


 今挙げた例は少し手間が掛かりすぎる。だからか、フィリップは手放しで賛成は出来ないようだった。


『前にも言ったが奉納して信仰に変えるという手もある。労力に合う方を選ぶと良い』

「信仰量の増減が私達には分かりませんので、どれが一番最適なのかは分かりませんが、無理しない範囲で行ってみます」

『ああ、そうすると良い』

「ありがとうございます」


 そこでフィリップは空を見上げた。


「そろそろ昼食にしよう。話し合いは夜でも出来るし、魔物が来ない内に採取に行きたいからな」

「分かりました。では守り神様、塩と肉を下さいませ」

『ああ』


 折角お椀など創ったが採取優先ということで昼食を手早く作り、食べながら話した。結果、木の皮で作った背負い籠を1つ創り、出来る限りの植物を採取してくることになった。魔物の動きが活発になっており、今後外に出られるか分からないからだ。

 万が一の時は守り神が直接知らせに行くことにした。最初は合図を決めようかと考えていたのだが、結界の外であっても観察出来る範囲はどうせ行けるのだから直接言葉を交わした方が確実だと思ったのだ。


「よし、準備万端だな。行こうか、リリ」

「はい、フィー様」

「それじゃ、守り神様」

「「いってきます」」

『いってらっしゃい』


 いつものように守り神が怠惰に尻尾の先だけ振って送り出す。フィリップとリリアンは幸せそうに笑いながら手を繋ぎ、出掛けて行った。

 今回は出来る限りの物資を調達してくることが目的なので、既に生っていることが分かっている実などの場所に片っ端から寄っていき、出来る限りのものを採取していった。籠の中身は全部奉納することになっているので、腐ることを考えたりせずに採る。


「フィー様、これは傷薬の元になるものです」

「こちらは肉の味付けに使えますね」

「あ、この葉は丈夫ですから皿として使用できますよ」

「これは食用ですね。具材にちょうどいいので採っていきましょう」

「勿体ないですね。この木の蜜はいろんなものに使えるんですよ」

「この苔も採っていきましょう。私達には扱えませんけれど」

「この実を入れると味が引き締まるんですよ」

「これは食用です。火を通さないと食べられませんけどね」


 今までとは違い、目に付くものを片っ端からリリアンが採っていく。用途は色々だが、自重なしで良いと言われているせいか、本当に自重なしでリリアンが採取をし、短時間で籠の中が埋まっていった。


「リリは本当に凄いね」

「何を言っているんですか。私の力をご存知ではありませんか」

「そうだけど、ちゃんと力を使いこなせているのはやっぱり凄いよ。僕なんか守り神様に教えて貰うまでこの力が戦闘に使えるなんて思いもしなかったくらいだしな」

「応用が利きすぎるのも大変ですよね。でも、フィー様はこれからでしょう。もっと生活に余裕が出来たら、守り神様に色々教えて貰うのも良いかもしれませんね」

「ああ、そうだな。それも良いかもしれない」


 その光景を思い浮かべるとフィリップも少しだけ楽しそうだと思った。もっとこの力を使えるようになったら一体何が出来るようになるのだろうか。

 けれど、一つ前から気になっていたことがあった。


「それにしても守り神様はリリの力にも気付いているんだろうか」

「どうなんでしょう? 何も言われたことはないですけれど……」

「まあ、わざわざ口に出したりしないよな。神様にとっては俺達の力なんてちっぽけなものだろうしな」

「そうですね。こんな力があったから異端者として虐げられていたなんて言っても、首を傾げられそうです」

「あんな風に何もないところから物を創れるんだもんな。神様にとってはそんなもんだろう」


 ずっと自分達の力は異質なものだと思っていた。虐げられていたからではない。人間がこんな力を持っているなんて異常なのだ。何て言うべきか分からないが、気持ち悪がったり怖がったりする人達の気持ちも実は理解出来るとそう思っていた。

 勿論悲しいとか何で自分がとか色々思わないでもなかったのだが、フィリップとリリアンが出逢って独りぼっちでなくなって、冷静に自分の力を見れるようになって、周りの人達の気持ちが理解出来てしまった。

 だからこそ、2人は余計に2人ぼっちになったのだ。


 だけど守り神と出逢って、こうして力を利用しながら暮らしていて、自分達の力が異様なものだと思わなくなっていた。力に対して前向きに捉えられるようになってきていたのだ。


「あれは何度見ても凄いですよね。いつもは寝てばかりなのに神様なんだって思いますもん」

「神様だからな」

「分かってますよぉ。それくらい凄いってことです」

「分かってるさ。……ほんと、守り神様が居て良かったよ」

「ですね」


 雑談しながらもフィリップの手もリリアンの手も止まることはなく、とうとう満杯になった。


「リリ、一旦戻ろうか。これ以上は下の方のものが潰れてしまうよ」

「そうですね。ですが、魔物がうろつくようになったら出られませんので、もう一回来ますか?」

「ああ、夕食までは往復しよう。勿論魔物の居るところは今まで通り避けながらな」

「はい、そこはフィー様にお任せします」


 そうして、結局3往復した。3回目は流石に満杯になる前に時間切れとなり戻って来たが、それでも当分は困らないくらいには採取出来た。夕食に使う分と腐る心配のないもの以外は奉納すると、ようやく串焼き以外の食事を作ることになった。

 フィリップはこれまで通り火熾しと枯れ枝の採取と言いたかったが、枯れ枝も当分困らない程度に採取済みだったので、火熾しだけしたら料理を手伝い始めた。

 今日はシンプルな汁物スープとするらしい。採ってきた食用の植物を洗い、ナイフで一口サイズに切ると一緒くたに火を通す。ある程度火が通ったら水を入れてしばらく待ち、味を付けて完了だ。


「美味しいっ! リリ天才!」

「本当に美味しい……何となく分かっていたけど、この森のものって効能が良いというか、凝縮されてますよね。このピルツなんて味が全然違います。これは素材が良いんですよ」

「そうかもしれないけど、リリが作ってくれたものだから美味しいんだよ。リリ、ありがとね」

「ふふ、ではフィー様も手伝ってくれてありがとうございます」

「ううん。むしろそれくらいしか出来なくてごめんな。僕も少しは料理出来るようになった方が良いかな」

「フィー様は戦闘を頑張るんでしょう? 役割分担ですよ。手伝ってもらえるだけで十分です」

「ふ。そうだね! でも、少しでも役に立ちたいから出来ることくらいは教えてね?」

「分かりました」


 どこからどう聞いても新婚夫婦の会話ではなかろうか。守り神はそう思いながらも、これが2人の通常運転なのはもう分かりきっているので、ツッコもうとは思わなかった。

 そんなことより、恐らくだが明日にはもう魔物達はここまでやって来る。じりじりとロートベーアの縄張りだと思われていたところの淵部分を恐る恐る出入りしていたのが、今日にはかなり内側に入り込んできていた。今日のお出掛けではフィリップが近寄らないようにしていたから問題は起きなかったのだが、もうロートベーアの威光は時間切れだろう。

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