第13話 カルチャーショック

 ロートベーアの毛皮を敷いて、グラオホーンヴォルフの毛皮を掛けて眠ったフィリップとリリアンは更に良くなった眠りに満足しながら起きた。

 祠に向かって祈りを捧げ、守り神を呼び出す。


『おはよう、2人共』

「「おはようございます、守り神様」」


 挨拶を交わすと、またもやいつものと言いたいくらいに同じメニューを作り、朝ごはんを食べる。


『今日はまず木の奉納からかな?』

「はい。色々欲しいですから」

『ふんふん、なら頑張れ』

「はいっ! リリ、行こう!」

「勿論です。頑張りましょうね、フィー様っ」

「ああ。木が奉納出来ればかなり生活が充実するぞ」

「はいっ」


 フィリップもリリアンも弾んだ口調で会話しながら木のもとに行き、運びやすそうな上部の方をまずは持ち上げた。


「よし、運べそうだな」

「はい。ゆっくり歩きますね」

「ああ。途中で休んでも良いから、怪我だけは絶対にしないようにしような」

「勿論です」


 重いものを持っている為か、それだけ話すとフィリップもリリアンも無言で歩き始めた。時々危ないなどの注意を互いに呼び掛けたり、休憩する必要はないか問いかけたりするくらいだった。

 慎重に歩いた為に少し時間は掛かったが、そっと祠の前に下ろした。


「ふぅ……」

「疲れましたー」


 勿論木は重いのだから身体の疲れもあるが、落としたりしてしまったら怪我をする為にかなり気を遣っていたのだ。精神的な疲れの方が大きかった。


「根本側の方がまだマシかもしれないね。枝が出たりしてないから、怪我するとしても打撲だけで済みそうだしな」

「そうですね。どちらにしても怪我はダメですから、慎重に運ぶ必要はありますけどね」

「だな。でもその前に少し休憩しよう。水飲んで、少し何か摘まむかい?」

「水だけで良いです。それより木を奉納したら、午後は散歩に行って、色々摘んできましょう。入れ物があればいっぱい採れますから」

「あー……そうだな。そうしようか」


 少しだけ言い淀んだフィリップが賛同を示すが、フィリップが言い淀んだことにリリアンが首を傾げた。


「何か予定でもありましたか?」

「んー、リリ、身体拭きたくないのかい?」

「……あら。そういうことですか。そうですねー、まあ気にはなりますけど、昔はこんなものでしたし懐かしいなって感じですかね」


 あっさりとそう言うリリアンにフィリップの笑みが崩れそうになるが、即座ににこりと笑って流した。本人が気にしていないことを深く突っ込む必要などないからだ。


「そうか。なら午後は出掛けよう。魔物達が押し寄せてくる前に採れるものは採っておいた方が良いからね」

「あっ……そうでした……」

「今のところ動きはないから大丈夫そうだけど、もしお昼までに動きがあるようならお出掛けを中止にするかもしれないことは覚えておいてくれ」

「はい」


 そんな会話をしたものの、結局もう半分を運び奉納する頃になっても魔物達の動きはなかった。

 いや、そんな魔物の動きよりも今はもっと大事なことがある。


『それで、何を創って欲しいのかな?』

「はい。これは私の意見なので、守り神様にもリリにも意見を述べて欲しいです」


 色々作れるからこそなのだろう。フィリップはそう言った。


「まずは食事の為のお椀とスプーン突き匙フォークです。これは必須だろう?」

汁物スープに出来ますからね。ですが、もし作るならば料理道具も必要となります」


 最後はリリアンに向けてフィリップが尋ねると、フィリップが完全に忘れているであろうものをリリアンが指摘する。


「ああ、忘れていたよ。何が必要なんだい?」

「そうですね……最低でも杓子おたま火ばさみトングも欲しいですね」

杓子おたまは兎も角、火ばさみトングは木ではダメだろう?』

「火の調節なら火掻き棒を創って頂きますよ。鍋でも汁物スープ以外を作ることは出来ますから」

『ああ、菜箸代わりか。それなら良いんじゃないかな?』

「サイバシ?」

『いやいや、何でもない』


(なるほど、やっぱり箸はないんだな)


 守り神の意識上では日本の用語を使って話しているし、神の機能を使って完成図を見ても認識上と違いはない。でも日本と同じ文化というわけでもなさそうだ。箸のない日本なんて考えたくもない。

 そんなことを思いながら、フィリップとリリアンが上げた道具の必要信仰量を確認する。


『ふんふん、全く問題ないな。纏めると、お椀、スプーン突き匙フォーク杓子おたま火ばさみトングの5つで良いかな?』

「付け加えると、お椀とスプーン突き匙フォークは2つずつですね」

『そうそう。じゃ、創るぞ』


 全部出てから創ると覚えるのが大変という理由もあり、守り神はさっさと創った。


『ほいほい、次次』


 感動する2人に発破を掛ける。毎度毎度感動してくれるのは面白いが、今は要らないのだ。


「あ、はい。えっと、次は体拭き関連ですね。これはその……折角ならお風呂を作る方が良いかなと思わないでもないのですが、やはりどうしても必要な信仰量がどれくらいかによると思っています」


 希望だけなら幾らでも高く出来るが、現実的に絶対に無理なのか頑張れば可能なのかはフィリップには分からない。仕方がないとは言え、調査を丸投げされた守り神も温泉の方がお湯を沸かさないで済むという利点があると思っている。お風呂に入れるお湯を沸かす時間が勿体ないとかではない。火を焚くには当然枯れ枝などの燃料がいるのだが、意外とこれが問題だったりするのだ。

 実を言うと食事を作る度にフィリップが拾いに行くのだが、最近は結界から少し離れないと見つからなくなっていた。ここで生活を続けていくならこの問題はもっと深刻になるだろう。まあ、伐採した際に出た枝が枯れれば当分は使えるだろうけれど。


 しかし、ないものを創るのも環境に適さないものを創るのもより信仰が必要となる。やはり無理だろうなと思いながら、守り神は必要信仰量を確認した。


(んー、やっぱり高いなぁ……温泉でなくともお湯かけ流しの銭湯みたいなものが出来ると良いんだけ、ど? ……あれ?)


 念の為に魔物の様子を探る為にずっと結界の外を探知していたからか、必要信仰量が場所によって異なることに気付いた。これはもしかしなくとも地下から温泉もしくはお湯を引き上げられるかどうかの違いなのかもしれない。

 つまり、場所を選べば比較的少ない必要信仰量で温泉もしくは銭湯を作ることが出来る、ということなのだろう。勿論、今すぐに作れるわけではないが。


『結界をその木からその木くらいの距離分大きくすれば必要信仰量を少し節約してお風呂が作れるな。その距離の5倍以上大きくしたら必要信仰量は大幅に下げられるんだが……結界を広げるにも信仰がいるからな、正直赤字だろうな』


 必要信仰量が少なくなっているものにも差があるのは、恐らく地上から引っ張ってくる大変さの違いだろう。恐らく地上から近い位置にあるもの程必要信仰量が少なくて済むのだろう。


「え、っと……どういう意味でしょう?」


 フィリップも突然言われたことに頭が回らなかったのだろう。そう尋ねて来たので、守り神は場所により必要信仰量が違うことやお湯発掘までの距離の仮定などを話した。


「なるほど」


 そう言ったきり、フィリップは黙り込んだ。少し顔を下に向け、拳を握り締めて口に当てるのはフィリップの考える時の癖なのだろう。考え込むときはいつもその体勢となる。


「リリはどう思う?」


 しばらくしてパッと顔をあげたフィリップがリリアンに問う。色々考えていたが、お風呂は女性の方が気になるものだろうからだ。


「え……フィー様がお決めになって下さい。私はそれに従いますよ」


 しかし、いつもは独断で決めるフィリップがわざわざ意見を求めてきたことにリリアンが首を傾げた。リリアンはいつもフィリップの独断を推奨しているし、今もその気持ちに変わりはないのだから。


「お風呂なんだ。女性の方が言いたいことあるだろう?」

「まあ、そういうことですか。でもフィー様。正直に申しまして、お風呂は高級品です。フィー様のような身分の高い者しか日常的に入ったりしないのですよ」


 王宮では不清潔にするのは職務上許されなかったのでお風呂に入ってはいたが、それも月に一度とかその程度だった。リリアンにとってのお風呂は贅沢品であり、義務でもあった。


「……そうなのか。なら他の人達はどうしているんだ?」

「ですからお湯や水で体を拭きます。それが一般的です」

「……そうか」


 女性はお風呂を好むものだと思い込んでいたフィリップにとって、リリアンの言葉は衝撃的だった。確かに冷遇されるようになってからお風呂が冷めてしまっていることはあったけど、入らないという選択肢はなかったのだ。カルチャーショックだった。


「なら、守り神様。遠い方のお風呂を設置して欲しいです。何日分くらいの信仰量が必要となりますか?」


 息を吐いてショックを振り捨てたフィリップがそう結論を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る