第12話 決意を新たに空を見上げる
昼前に戻って来たフィリップとリリアンはまたもや同じ手順で同じ料理を作り、焼いた肉と採ってきたばかりの新鮮な果物を食べていた。鍋は使わないのかと守り神が聞いたが、お椀も
昼食が終わると、伐採の続きを始める。後は既に伐り込みを入れた方が木の重みに耐えられずに折れるまで逆側に伐り込みを入れていくだけだ。フィリップとリリアンは意気揚々と伐採を再開した。
「リリ、もう良いんじゃないかな」
ミシッ、ミリッと木から危なげな音が随分と聞こえるようになって来たので、フィリップとリリアンは木から離れた。想定通りの方向に倒れてくれるか分からなかったからだ。離れてからしばらく、木から聞こえてくる不穏な音に耳を傾けていると風で揺れたかのように見えた木が一気に傾いた。
他の木の枝にバサバサ当たりながらも、ドォンッと音を立てて地面に横たわったのだ。伐採成功だ。
「おお……」
「良かった! 上手くいきましたね、フィー様っ」
「ああ、リリの教え方が良かったからだよ。ありがとう」
「ふふ、どう致しまして」
一仕事終えてテンションの上がり、2人はハイタッチした。
「よっし、後は枝を取り除いて、運べる長さにしないとな」
「うう……まだ先は長いですね……」
「仕方ないさ。一緒に頑張ろう」
「はいっ」
勢いを失わない為か、そのままフィリップとリリアンは枝払いに入った。と言っても斧は一つしかないので、押さえる係と伐る係に分かれている。
因みに枝払いが通常斧でする作業でないことは何となく2人共分かっているのだが、道具は斧しかないので斧で頑張っている。幸い、不格好でも後は神様の力で守り神がどうにかしてくれるだろうという信頼がある。よって、運ぶのに邪魔にならなければ良いとかなりてきとうに枝払いをしていた。別に丸太を作っているわけでもないのだから、と。
「こんなもので良いかな」
「随分面白い形になりましたね」
枝の根本がそれなりの長さ残っているのだ。そういう感想になるのも致し方ないだろう。
「運ぶのに邪魔にならなければいいのさ。さて、この状況で運べるか試してみたいから、リリそっち側持ってもらっていいかい?」
「分かりました」
木のてっぺん側をリリアンが、木の根元側をフィリップが持ち、せーので持ち上げてみる。当然の如く、持ち上がることはなかった。男の子と女性の2人だけで木1本を持ち上げられる程、木は軽くないのだ。
「仕方ない。半分くらいにするか」
「ですね。でもフィー様。転がしていった方が楽ではありませんか?」
「木が邪魔しなければそうしたいところだね」
「あー……そうですね……残念です……」
結局、半分より根元に近い方に斧を叩きつけ、くるくる回転させながら切れ目を深くしていった。横向きに叩きつけるよりは楽だったのでフィリップもリリアンも少し安堵した。完全に伐るだなんてどれだけ大変だろうと思っていたからだ。
途中で休憩を入れたものの、陽が和らいでくるくらいには時間が掛かったのだった。
「今日中には無理そうだね。もう夕食の準備をしないとだ」
「そうですね。ここで運び始めたらどう考えても完全に陽が暮れてしまいますからね」
「折角だからフラオホーンヴォルフの皮を奉納して掛布団として加工して頂こうか。寝ている時、寒いだろう?」
「フィー様あったかいから大丈夫ですよ」
「……創ってもらおう」
1日2回しか出来ない供物の奉納をきちんとしないのは勿体ない。しかし、それだけではない。命に関わる為に仕方のないこととは言え、フィリップはリリアンとくっついて寝ている今の状況を少しでも改善したかったのだ。マントではとてもではないけれど夜の寒さは防げないし、リリアンの柔らかさも隠してはくれない。
「守り神様、ただいま戻りました」
「戻りました」
『ふんふん、おかえりー。木はどうしたのかな?』
「伐れましたが、運ぶのは明日にしようと思います。もう時間切れですから」
『あー、なるほどなるほど。確かにそうした方がいいな』
「代わりにグラオホーンヴォルフの毛皮を奉納致しますので、加工して頂いてもよろしいですか?」
『ふんふん、腐りかけているもんな。急がないと必要信仰量も増えるだろうし、良いんじゃないか?』
「では、お願いします」
少しだけ匂うグラオホーンヴォルフの毛皮をフィリップは持ってきて、供物として奉納した。納めて貰うわけでもないのに奉納という言い方はどうかと思っているが、守り神本人がそう言っているのだから良いのだろう。
すぐに加工して返って来た毛皮はくっついて一枚の大きな毛皮になっていた。フィリップは注文以上の品になっていることに驚いたが、神様ならこれくらい出来て当然なのかもしれないとも思う。結局リリアンと眠ることは変わらないようだが、ロートベーアの毛皮も1枚しかないのだ。仕方のないことだった。このグラオホーンヴォルフの毛皮があればくっつかなくて済むのだから、それだけで十分だろう。
その後は塩と肉を出して貰い、いつもの料理をして、フィリップとリリアンは夕食を終えた。守り神としては鍋をフライパン代わりに使って箸で食べる方針でも良いのではと思うのだが、この世界に箸があるか分からないので黙っておいた。
この辺り、守り神の知識は微妙なところがあるのだ。この世界の知識より異世界の知識の方が基本になっているような感じだ。塩と言えば海水か岩塩から取るものだと思い込み、ザルツ草に全く思い当たらなかったところからもそれが伺える。
何より、ここのところずっと同じ料理を食べているのにフィリップもリリアンも最初の頃と変わらずに本当に美味しそうに食べているのだ。わざわざ口を出す必要もないと思われた。しかし同じ料理を美味しそうに食べるのは、これまでの食生活がそれほど悲惨だったということが垣間見れているのか、単にフィリップとリリアンがラブラブいちゃいちゃしているだけなのかが守り神には判別出来なかった。
「守り神様、今日の分の信仰ってまだ残っていますよね?」
夕食後、いつもより少し早かったからかすぐに寝るようなこともなくフィリップとリリアンは祠の前に座っていた。
『ああ、残っているぞ。だが、使い切る必要などないのだぞ? 明日にまわして明日はこれまでより良いものを創れば良い』
「承知しております。ですから、これは明日以降の話なのです」
もう陽も落ちて暗くなっている森の方をフィリップは指し示した。
「ここら辺を全て更地にして、家と畑を創ることを当分の目標にしたいのです」
『同時に創るのか』
「伐採をしていけば木は貯まりますし、更地に出来れば家や畑を創る土地も用意出来ます。貯まった木を使えば家も比較的信仰量を抑えて創って頂くことは可能ですよね? どうでしょうか?」
『ふんふん、当分は伐採し続けるのか。伐根が面倒くさそうだな』
「それはまた後で考えようと思います。2日に1本ずつくらいは伐採出来ると思いますので」
『そうだな。そうすると良い』
「ありがとうございます」
フィリップの決定にリリアンは反対などしない。しないが、当分はずっと伐採になるという計画を聞いて、困惑した顔で周囲を見渡していた。祠の前は比較的開けているとは言え、確実に2桁はあるのだ。下手すると1ヶ月くらい伐採ばかりかもしれない。リリアンは豆の潰れた両の手のひらを見てから、空を見上げた。
だけど家に居た頃や王宮に居た頃を思い出し、今の生活を比較してみた。すると確実に今の生活の方が良いのだ。そう改めて思うと、笑みが漏れた。こうやって誰の目も気にしないで良い生活を続ける為ならば頑張ろうと。
「フィー様、明日も頑張りましょうね!」
「ああ、リリ。一緒に頑張ろう」
リリアンは決意を新たにし、再度空を見上げた。
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