第8話 子供に戻ったかのように笑っていた

『今日はもう店仕舞いだ』


 残り信仰量も底を尽きかけているし、供物の奉納も受け付けた。今日はもう夕食前に肉と塩を出すくらいしか守り神は動けない。


「はい、ご協力ありがとうございました」

『これからどうするのかな?』


 日が沈むまで大分時間がある。フィリップとリリアンもやれることなどないのではないかと守り神は尋ねた。


「肉だけでは飽きますし、リリと植物採取に行こうかと。食事以外にも色々使えるものもありますから」

『ふんふん、まあ頑張れ』

「はい、行ってまいります」

『いってらっしゃい』


 少しばかり2人の身の安全が気にはなったが、守り神はお出掛けするフィリップとリリアンを引き留めることなく見送った。



 フィリップとリリアンは結界を出ると自然と手を繋いだ。

 自分達がどれだけ弱いかは理解しているからだ。もしもはぐれてしまったらお互い生き延びられる自信はなかった。

 一応剣とナイフは所持しているが、結界のない場所での戦闘など出来るわけがないことは十分に理解していた。


「リリ、大丈夫かい?」

「心配しないで下さい。私はフィー様を信じておりますから」


 リリアンはぎゅっとフィリップの手を握った手に力を込めた。


「ふ。リリは嬉しいことばっかり言ってくれるな」

「私にはフィー様しかいませんから」

「ああ、僕もだよ。リリしかいない――いや、今は守り神様もいらっしゃったな」

「ふふ、そうでした。失礼なことを言いましたね。でも、フィー様が特別なのは事実です」

「そうだな、リリは無二唯一の人だよ。僕にとってもね」

「はいっ」


 周りが獰猛な魔物や危険な植物に囲まれた魔の大森林に居るはずなのに、フィリップとリリアンのところだけまるで花畑にいるかのようにほんわかとした空気が流れていた。


 魔の大森林は自然が豊かだ。様々な植物が所狭しに生えている。時には同じ場所に普通は生えないだろうと思うようなものが隣り合っていたりもする。

 ここは外とは違う世界ではないかと囁かれているくらいに、常識が通じないところがあったりするのだ。それでも基本となる植物や魔物の種類は同じだ。


「あ、フィー様。見て下さい。これ甘くて美味しいんですよ」

「おお、甘味は大事だね。何だかつぶつぶしているね」

「はい、クルンプシェンという子供のおやつにもなるものですね。地方では結構食べられるみたいです」

「へー、王宮の庭にもあったら良かったのに」

「庶民の食べ物ですから」


 こうして2人きりで植物を採っていると王宮で過ごしていたことをフィリップとリリアンは思い出した。

 時間を見つけては密会していたフィリップとリリアンだったが、偶にこうして2人で王宮の庭に生えている食べられる植物を採っては食べていたのだ。心から安心できる人と食事を出来る環境と言うのは何よりも素敵なスパイスでフィリップとリリアンにとってはとても楽しいひと時だった。


 フィリップもリリアンも異端者として家族から冷遇されながら育った。

 その為早く自立しようとリリアンは王宮で住み込みの下働きをすることで家族と離れた。家族は異端者であるリリアンの噂を恥だと考え広めていなかったので良かったのだが、それでもリリアンは怖くて踏み込んだ関係の人は作れなかった。

 だから同じく異端者として冷遇されているフィリップを見掛けた時、身分違いだと分かっていても近付かずにはいられなかったのだ。結局、リリアンを見ただけで同じ異端者だと理解したフィリップから話し掛けて貰えたのだが、勇気を出して良かったと思っている。

 お陰でフィリップもリリアンも独りぼっちではなくなったのだから。


 結局国を捨てて2人ぼっちになったけど、こうして守り神と出会い仲間が増えたことはフィリップもリリアンも嬉しく思っていた。神様に対して仲間なんて言い方は失礼かもしれないが、それがフィリップとリリアンの偽りざる心からの思いだった。

 守り神は神様だから当たり前だけど自分達を全く異端者として扱ったりしないどころか、異端な力の使い方まで教えてくれるのだ。何より保護してくれる人が居るという安心感は何物にも代えがたかった。


「守り神様、寝ていらっしゃいますかね?」

「ふふ、寝てるだろうね。きっと祠の上で丸くなってるよ」


 出逢ってから2日も経っていないけど、守り神が話し掛けるまで体を起こそうとしないことにフィリップもリリアンも気付いていた。


「居なくなっているかもしれませんよ?」

「消えている時にどこに居るのか今度聞いてみる?」

「もしあの小さな祠の中に居ると言われたらどうします? きっと真っ暗ですよ」

「くく。リリは面白いこと言うね。神様なんだから神界にきっといると僕は思うな」

「神界ですか……親フクスとかいるんでしょうか」

「あははっ、良いね。神様が皆フクスの姿していたら、神界はフクスの里だね」

「それは……可愛いですね」

「あははははは」


 途中からまるでデートでもしているかのように笑いが絶えない会話を交わした。

 勿論、フィリップもリリアンもお互いがやるべきことはしていたし、危険を回避するための警戒は決して怠らなかった。万が一の為に結界からあまり離れないようにもしていた。

 だからか、穏やかに話しながらの探索となっていたのだ。ようやく一息付けたという意識が2人にもあったからかもしれない。少しずつ本来の2人に戻っていっていたのだ。あの王宮で2人きりの時にだけ出せていた素の自分達に。


「そう言えば守り神様ってご飯食べたりしないんでしょうか」

「神様の食事? うーん、フクスって肉食だよね」

「肉食……はっ! わ、私達美味しくないですよね」

「えー、リリは美味しそうだよ? とっても可愛いもん」

「そんなこと言ったらフィー様の方が可愛いですよっ」

「僕は男だよ。可愛いもんか」

「何言っているんですか。フィー様はまだまだ子供です。男ではありません」

「言うね。なら僕と勝負するかい?」

「受けて立ちますよ!」


 そう言い合いをするが否や、フィリップとリリアンは地面に寝そべり互いの手を差し出した。




「…………何をやっているんだ、あの2人は」


 フィリップとリリアンのことが心配になり、結界の外を探れないかと神様の機能を探っていた守り神はよりにもよって地面に寝そべり腕相撲をしている2人を見てしまい、呆れた声を出した。

 しかし、結界の外でそんなことが出来るくらい落ち着いているのは良い傾向だ。まるで子供に戻ったかのように笑っている2人の笑顔を見て、ようやく緊張が取れたのだとほっと笑った。

 ここに来てからもどこか緊張したままで、何歩も引いてしまっているのは理解していたから。勿論、神と人という差がある限り、仕方のないことではあるのだけど。


 思った以上に守り神は自分がフィリップとリリアンを気に掛けてしまっていることは理解していた。それはフィリップ達の特殊な力のせいではない。きっと一生懸命に生きようとしていたり、お互いにとても信頼し合っている姿などを見て、素直に応援したいと思わされたのだと思う。素直に手を貸してあげたいと思ったのだと思う。

 フィリップとリリアンが居ない時にもついつい自分の出来ることを探してしまったり、次にやるべきことを考えたりしてしまうのは2人に好意を持っているからだろう。そんな自分を分かっていながらも、守り神は改めようとは思わなかった。



 それにしても、この機能は素晴らしい。まだ神様の力が低いのか、そう遠くまでは見通せない。だが、フィリップとリリアンが居て信仰を使った奇跡を行使し続ければ恐らく範囲は徐々に広がっていくことは感覚的に理解出来た。


「まあまあ、人のデートを覗き見るのは如何なものかと思うけど、安全の為だし仕方ない」


 そう自分に言い聞かせるように言い、守り神はフィリップとリリアンの楽しそうな姿を見守った。


「ただ私は外に顕現出来るわけじゃないんだよな。緊急時は結界に逃げ込むよう合図を決めておかないと」


 2人を守るには結界内に居て貰うのが一番なのだ。察知しても連絡出来ない今の状況では監視する意味もない。何かしら考えないとなと守り神はまた神様の力を探り始めた。

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