第7話 ようやく肩の荷が下りた
(なるほどなるほど。領域内の建物を配置変換する機能か。それは考えていなかった。えっと……うん、知識上には有りそうだな)
守り神はそう思いながら、透明の画面を開いた。
知識に従い透明の画面を操作することで、記憶が徐々に戻ってくるように知識がインプットされる。
(うん、問題なく出来そうだな)
決定ボタン手前まで操作を確認すると、透明の画面を閉じた。
『ふんふん、出来るな。ちょっと信仰が必要だけど、それは移動するときに考えるってことで』
「はい、出来ることさえ分かれば十分です」
フィリップも軽くそう返す。当然だろう。完全に配置を考えなければならないか否かは大きな違いだ。
「では、守り神様。湧き水の横に厠を創って頂いてもよろしいですか? ある程度は離して頂きたいのですが、あまり遠いのも不便ですので、結界との中間くらいが良いです」
『ふんふん、信仰量は……ギリギリだな。大分簡素なものが出来そうだけど良いのかな?』
「個室となっているのなら十分です」
『んー』
守り神の手が止まる。
(感覚的にしか分からないんだよな……。完成図予想とかないかな? って、あるのかー)
本当にまだまだ知らない機能がありそうだと守り神は思いながら、完成図を眺めた。
木造だがぱっと見、工事現場なんかにある簡易仮設トイレだ。
『大丈夫そうだな。じゃあ創るぞ』
「お願いします」
そうして守り神は厠を創造した。
「おお……」
「凄いわ……」
二度目であってもフィリップとリリアンは湧き水の時と同じように感動した様子を見せる。
『使ってみて何か不具合あるようだったら教えてくれ』
「ありがとうございます! リリ、使ってみるかい?」
「え、あ、そうですね。安全確認して参ります」
「ちゃんと使用感も確かめてね」
「はい」
リリアンが厠に行けるようにだろう。フィリップは仕事を割り振る。
リリアンはその気遣いに気付いたが、確かにフィリップが使うより先に使って確かめないといけないのも事実だったので押し問答することなく、素直に厠へ向かった。
「守り神様、塩は本日創造可能でしょうか」
『少しならな。でも塩は現物を創るよりも岩塩が取れる岩山を創って、欲しい分だけ奉納して加工する方が節約にはなるぞ』
守り神も水の次は塩が必要なことは分かっていたので、塩についてはきっちり調べていたのだ。
「なるほど。確かに節約はすべきですね。ですが、当分は現物を出して頂いた方が良いのではないでしょうか。岩山の岩を削る為の道具も考えると今は手が出せません」
『だろうな。長期的視線で見たらの話だから後々の参考にしてというだけさ。私も今は普通に現物を出す方法が一番だと思う。何より残り信仰量が心許ないからな』
「はい、食事の時にでもお願いします」
『ふんふん』
守り神の尻尾の先が嬉しそうに揺れた。
「後、奉納なのですが、これは1日どれくらい出来ますか? 無制限でしょうか」
『1人につき1日1回までだな。でも何度も言うけど奉納の為に無理したら本末転倒だからな』
「承知しております。では逆にこの供物を加工して戻して頂く行為に回数制限はありますか?」
『それはないぞ。好きな時に好きなだけ取り出せる』
「ありがとうございます」
それを聞いたフィリップはリリアンが戻ってくるまで黙って考え込んでいた。
「フィー様、ただいま戻りました」
「ああ、リリ。どうだった?」
「はい。施設自体に問題はありませんでした」
「施設自体は? それは他に何かあったってことかい?」
「えっとその……拭くものがありませんでしたので、今はてきとうに周囲にあったものを置いております。後で適したものに変えておきますね」
「なるほど。了解したよ。ありがとう」
「いいえ」
恥ずかしそうに耳の先を赤く染めながらも何ともなさそうな顔をして言うリリアンにフィリップは微笑ましそうな顔を一瞬して、いつもの笑みに戻した。リリアンは視線を逸らしていたとは言え、恥ずかしがっていることに気付かれたことが伝わるとリリアンが余計に恥ずかしがることをフィリップは知っているからだ。
だから何ともなさそうな顔をして、フィリップはリリアンが居なかった間に守り神と話した内容を伝える。
「リリ。守り神様が食事を作る時に塩を出して下さることになったから、必要な時にお願いするんだよ」
「塩……ですか?」
「ああ。将来的には岩塩になるかもしれないけど、当分は必要な分を現物で創り出して頂くことにしたんだ」
「………………」
それを聞いて、リリアンが首を傾げながら頬に指の先を当てて何かを思案する顔をした。
「リリ? 何か言いたいことあるなら言って良いんだよ?」
「あ、いえ、分かりました。ですが将来的に岩塩にするとはどういう意味でしょうか」
「節約だよ。僕らは守り神様が信仰を使って行使して下さる奇跡が命綱だからね。出来るだけ節約した方が良いだろう?」
「んー……守り神様、ザルツ草を育てる方が節約になりませんでしょうか」
『ザルツ草?』
リリアンに言われて、守り神の頭の中でそういう植物があるという知識が掘り起こされる。
(ザルツ草。葉の周りに塩が付着している草……か。ほんと異世界なんだな。これが一般的な塩とか面白い)
守り神はザルツ草に関する知識を得た後、信仰量がどれくらい必要か調べる。
『ザルツ草の種なら確かにそう信仰は要らないな。でも畑が必要になるし、今すぐは厳しいというのが私の見解だな』
「あ……そうですよね……」
畑のことを忘れていたのか、リリアンが落胆を見せる。
「リリ。ザルツ草と言うのはどれくらいで育って、どれくらい塩が取れるものなんだい?」
リリアンを慰める為かフィリップが優しくそう問いかける。
「えっと、一般的には7日から10日くらいで収穫できるようになるそうです。私も実際に育てたことはないのですが、一株で採れて10摘みくらいまでですかね。そう聞いたことがあります」
「やっぱりリリは物知りだね」
「ザルツ草の塩は庶民からしたら身近というだけですよ」
フィリップの称賛にリリアンは澄ました顔で謙遜しながらも口の端が少し上がっていた。フィリップは庶民と言う言葉に突っ込みたかったが、わざわざ気分が悪くなることを思い出させる必要はないと何でもないかのように話を続けた。
「それでも凄いよ。でも、そうなるとどうせ畑は持たないといけないし、どこかでザルツ草を育てる方針にした方が良いな」
「畑でしたら私にお任せ下さい」
「まあ、植物に関してはリリに任せた方が良いだろうね。力仕事は一緒にしような」
「分かりました」
お互いが合意したことで、畑を創ることになることは決定となった。
「食糧の話のついでに、あの肉だが全部奉納して当分は必要に応じて出して頂く方針にしようと思う」
『ふんふん、そこに気付いたのか。素晴らしいな』
フィリップの言葉に面白そうに守り神はそう言った。
フィリップが言ったように実は供物として奉納されたものは別空間に一度保管される。そしてすぐに取り出す必要もなければ、取り出す際に奉納した時と同じ量を必ずしも出す必要はない。
フィリップは回数制限の違いを聞いただけでこの事実に辿り着いたのだろう。
そして食料品を供物対象外とされなかったということは神の領域に恐らく供物は行き腐ることはないと仮定した。こちらは仮定が含まれているが、良い考察だ。
要はフィリップは供物を奉納という神事をアイテムボックス代わりに使おうと言っているのだ。普通の神なら怒るかもしれないが、守り神は面白いと笑った。
リリアンはフィリップの言っていることが分からなかったのか、どういう意味か尋ねていた。
「なるほど。つまり供物として奉納することで食糧庫代わりとして利用させて貰うのですね」
「若干信仰は必要になるけど、今日はもう食糧庫を創って頂く余裕はない。けど、あの肉はこれ以上放置したら危ない。折角の食糧がダメになる。奉納は今日後1回出来るらしいんだ。寝る時の為にグラオホーンヴォルフの毛皮を加工して頂くという手もあるのだけれど、僕は食糧を優先しようと思う」
「はい、構いません。私はフィー様の決定に従います」
リリアンは少しだけ大丈夫なのかなと思いながらチラリと守り神を見たが、守り神が何も言わないのと現実問題厳しいことを鑑みて何も言わずに頷いた。
「ありがとう。守り神様、よろしいでしょうか」
『ふんふん、勿論いいけれど、上手く纏めてくれ』
「ありがとうございます」
フィリップとリリアンは祠の前に肉を移動させ始めた。少しでも涼しい場所にと湧き水の横に置いていたので、ついでに持ってくる前に一度水で洗い流すこともしている。その為、全ての肉が祠の前に積み上がるまでそれなりに時間が掛かった。
「ふぅ。本当に当分肉には困らなそうだよね」
「はい。夜の分も入れておいて良いのでしょうか」
「実際少し危ないからね。お腹壊すよりは良いだろう?」
「そうですね」
そうしてフィリップとリリアンが祈りを捧げると大量にあった肉が忽然と消えた。
「はぁ……これで肉問題は一応片付いたかな」
フィリップはずっと気にしていたのか、緊急問題がある程度片付き、ようやく肩の荷が下りたかのような安心した様子を見せた。
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