第6話 ここで穏やかに生きていきたい

 翌朝早く起きたフィリップとリリアンはまずは守り神の祠に向かって祈りを捧げた。

 2人はこれを毎朝の習慣にするつもりだった。それが自分達の生活を良くする一番効率的な方法だということもあるし、心から守り神に感謝しているからでもあった。


 ご飯を食べると解体を再開した。

 勿論2人共知識として知っている程度なので手際は良くない。それでも肉と骨と皮、そして爪や角などに分けることは出来た。

 全て終わるころにはもう昼になっていたのでまた焼くだけの肉を食べる。


「さてと……守り神様、いらっしゃいますか?」


 ご飯を食べ終えた後、祠に向かってフィリップがそう呼び掛けた。


『ふんふん、呼んだかな?』

「はい。相談させて頂きたいのですが、よろしいですか?」

『ん、ん、勿論だ。何かな?』

「色々と足りないものが多すぎるのですが、まずは今後の方針について守り神様と擦り合わせをさせて頂きたいです」


 フィリップがそう言うと、何か嬉しそうに守り神は尻尾を揺らした。


『よし来た。家と畑と物資、何から創って欲しい?』

「……はい?」


 フィリップとリリアンは守り神の突然の言葉に首を傾げた。


『言ったじゃないか。君達は住処が欲しいって。私はそれを了承した』


 改めて守り神がそう言う。


『この結界は君達の住処の領域だと思えば良い。この祠を壊すこと以外は君達が過ごしやすいように変えてくれていい。私はそれを手助けしよう。そういう意味で私は了承したんだ』


 思った以上に守り神から温情を頂いていたことにフィリップとリリアンは驚きを隠せなかった。結界内の一部を間借りできれば良いくらいにしか思っていなかったのだ。


『君達2人でこんな森の奥で過ごしていくなんて普通に無理だ。生き延びることすら困難だろう』


 それはフィリップもリリアンも十分に分かっていることだった。

 あの時、王宮から逃げ出した時からここで守り神の庇護を受けるまで満足に寝ることも出来なかったのだ。今、周りを警戒することなくぐっすりと眠れているのは守り神の結界があるお陰だ。


『私は君達に住処をあげ、守る代わりに信仰を得る。そういう取引をしたんだ。今は信仰が少なくて何でもはしてあげられないけど、信仰が溜まればそれだけ色々と出来る。家を建ててあげたり、畑が作りやすい土質にしたり、必要な鉱石が採れるようにしても良い。君達は信者だ。私の信者だ。それくらいのことはしてあげるさ』


 フィリップとリリアンはようやく本当の意味でここで暮らしていけるのだと安堵した。事実、2人共自分達がどれだけ無力か分かっていたのだ。例え人に過ぎる異端な力があっても。


『……1つ聞こう。君達の目的は何だ? 祖国に戻ることか? 誰かしらに復讐することか? 真実を探ることか? それとも、外の、過去のことを全て忘れてここで生涯平和に暮らすことか?』


 フィリップはリリアンを見た。リリアンはいつも通りフィリップにお任せするとでも言いたげに頷いた。フィリップはそれを見て、守り神に向き直った。


「ここで穏やかに生きていきたいと思っております」

『ふんふん。なら、ここに君達が快適に暮らせる家をここに創ると良い。私はそれを手助けしてあげよう』

「「ありがとうございます」」


 フィリップとリリアンが揃って頭を下げた。


『よしよし、それじゃあ、何を設置したいかから考えよう』


 まるで街づくりゲームみたいだと守り神は高揚しながらそう言った。こういうのは計画を立てている時が一番楽しいのだ。


『まず家と畑は必需品だよな』

「そうですね。後は果樹園も欲しいですね」

「燻製室はどうでしょう」


 リリアンもすかさず会話に参加してきた。


「ああ、それも良いね。お風呂なんかは家に付いているとみて良いんですかね?」

『どうかな。創ってみないと分からないな』

「ではお風呂……とお手洗いも」

「御台所と食糧庫もですね」

「ああ、出来れば氷室……はそもそも氷がないから無理か」


 ぽんぽんと要望が出てくる。


『物資の話もしておこう。物資はだな、原料となるものがあるのなら少ない信仰でも問題ないんだ』

「どういう意味ですか?」

『例えばあのロートベーアの毛皮。あれを供物として奉納してみてくれ』


 フィリップとリリアンは顔を見合わせたものの、言われた通り、祠の前にロートベーアの毛皮を置いて、祈りを捧げた。

 すると、目の前からロートベーアの毛皮が消え失せた。


「え!?」

「もしかして転移……でしょうか」

『そうそう。私の領域に持っていったのさ。で、これをこうしてちょちょいのちょいっとすると……』


 折角の物資が消えたことに動揺を示しているフィリップとリリアンを無視して、守り神は透明の画面を操作する。


 しばらくして祠が淡く光ったかと思うと、そこには消えたはずのロートベーアの毛皮が戻ってきていた。

 いや、違う。


「これは……」


 フィリップがそれを手に取り、広げると、きちんとなめしがされた1枚の大きな、そして綺麗な毛皮になっていた。穴すら消えている。


「守り神様、これは加工をなさって下さったということなのでしょうか」

『んー、厳密には違うかな。でもそういう認識で良いさ』


 実を言うと守り神も昨夜気が付いた力だった。あまりにもロートベーアの毛皮がボロボロになっていたのでどうにかならないかと思った結果だ。

 神様としての知識が当たり前に身についているのは良いが、意識しないと情報が引き出せないというのは少し不便だ。そうは思うが、神の力が便利であることに変わりはない。


「凄いです……これなら人手不足の問題もどうにかなるかも!」

「はい、それに時間が不要というところも見逃せませんね」

「そうだね。今の僕らには本当に有難いことだ」


 それに何より今日からは固い地面ではなく、柔らかい毛皮の上で寝れるかもと思うとフィリップは笑みを隠せなかった。確かに冷遇はされていたが流石に柔らかい布団でしか寝たことがなかったフィリップには実は大分辛い問題だったのだ。


「ですが、守り神様。この加工にどれくらい信仰が必要なのでしょうか」

『ものによるな。ただ原材料があれば信仰量……ここは費用という言い方にしようか。費用は大分抑えられる。逆に無から物を創り出すのは費用がとても掛かる。自然の摂理だろう?』

「なるほど。そう考えると当たり前のことですね。となると木を切り倒し、板などにして奉納した方が家は安く作れるでしょうか」

『そうだな。それが労力と釣り合うかは別の問題だけど、な』

「そうですね。良く考える必要がありますね」


 だけど、検討する方向性は決まった。

 物資も環境も守り神が居ればどうにかなる。緊急性の高いものからお願いしつつも長期的な視線も忘れてはならない。後はフィリップの腕の見せ所だった。


『ああ、それと要らないものも供物として奉納すると良い。返さなくていいものはそのまま信仰に変換することも出来るんだ』

「つまり、祈り以外の方法でも信仰を捧げられるということですね?」

『そそ。今の君達に一番必要なのは信仰だろうし、私としても信仰をくれるのは一番嬉しいことだ。勿論、それで君達が無茶するようなら本末転倒だけどな』

「ありがとうございます。肝に銘じておきます」


 守り神の当分の目的はフィリップとリリアンがここで無事に一生を終えることだろう。だが、少し不安もあった。あからさまにフィリップは普通の人間ではないし、リリアンも多分同じくだ。例えここで大人しくしていても、外野がそれを許してくれるのか。守り神はそんなフラグのようなことを思い、即座に頭の隅に追いやった。

 今はどう考えてもきちんとした生活を送れるようにすることが先決だ。


「守り神様、最優先で欲しいものが2つあります」

『何かな?』

「厠と塩です」

「フィー様、私のことでしたらそのようなお気遣い頂かなくても結構です」


 即座にリリアンが反対を示す。当然だろう。リリアンがしにくそうにしていることは守り神ですら気付いていたことなのだから。


「僕の為でもあるんだよ、リリ。生理的な欲求部分から満たしていくのは生活を良くする上での基本だ。何より汚す部分は最初に定めておいた方が良い。これは合理的な理由による決定だよ」


 リリアンはそういうことに詳しくはないが、フィリップが言わんとすることは何となく理解出来た。恐らく、フィリップの言っていることは何も間違っていないことも。

 勿論、根底として自分への気遣いがあることも理解していたが、否だからこそ何も言えずに口を噤むしかなかった。


「それと守り神様。一度創ったものを移動させることは可能ですか?」


 そういうフィリップはやはり王子、帝王学を学んでいただけある。場の主導権を完全に握っていた。

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