第5話 いつまでも続けば良いと願った
「はあーー……」
グラオホーンヴォルフが逃げていくのを見守っていると、どさりと後ろから音がしてフィリップは急いで振り返った。そこにはリリアンがぺたりと地面に座り込んでいた。
「リリ、大丈夫かい!?」
「だい、じょうぶ……です……すみません……少し、疲れました……」
「ああ、いいよ。もうそう急ぐ必要もない。後は僕がするから、リリは水でも飲みながら少し休んでいてくれ」
「……すみません……」
眉を下げて申し訳なさそうに言うリリアンの両手をフィリップは握った。
「僕はリリに本当に感謝しているんだよ。言ってくれたじゃないか。僕と一緒に行きたいんだって。僕もリリと一緒に生きていきたい。だから、どっちか一方が負担になるようなことはしないでおこうよ。お互い支えあって、出来ないことを補い合いながらやって行けばいいじゃないか。少しずつ、一歩ずつ。幸い、守り神様がその為の環境を保証してくれているんだ。これ以上ないくらい最高の環境だろう?」
「……ふふ、そうですね。ありがとうございます、フィー様。少し、休ませて貰いますね」
「うんっ、ゆっくり休むんだよ!」
「はい、ありがとうございます」
リリアンは疲れた体をどうにか湧き水の出ているところまで引っ張っていった。
フィリップはリリアンがきちんと休みに行ったのを見送った後、まずはグラオホーンヴォルフを中に引き摺り込んだ。計4匹も倒していたようだ。グラオホーンヴォルフの角も中々に使えそうで、思わぬ収穫にホクホクした気持ちになる。
4匹全てを中に入れると、今度はグラオホーンヴォルフ程度なら血抜き出来ないかと画策する。ロートベーアという巨体を吊るすことは無理でもグラオホーンヴォルフならば可能だと。
「どうか致しましたか? フィー様」
手を洗い、水を飲み、身体を休めていたリリアンはきょろきょろしだしたフィリップに声を掛ける。
「ああ、血抜きできないかと思ってね。ツルか何かあれば木に吊るせるんじゃないかと思ったんだ」
「ツル、ですか……ないわけではないですが、グラオホーンヴォルフの重さに耐えられるかはちょっと分かりませんね……」
「それでもいいよ。どこらへんか分かる?」
「あちらですね。5分くらい歩けば見つかると思います」
「ありがとう。ちょっと行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
(ん? どういうことだ?)
守り神はここで初めてリリアンをじっくりと見た。今までフィリップのおまけ程度にしか思っていなかったのだが、リリアンにも何かあるのだろうか。今の会話は明らかに普通ではなかった。
(……まあ、いいか。徐々に知っていけば良い。時間はたっぷりあるんだから)
基本的に守り神は怠惰だった。子狐の姿で身体を丸め目を瞑ると完全に寝ているようにしか見えない。勿論神に睡眠は必要ないのだけれど、人間だった頃の微睡み感覚を味わうことが守り神の最近のブームでもあった。必要ないからと言って、出来ないわけではないのだ。
そんな静かな空間を守り神とリリアンは楽しんでいたのだが、しばらくするとフィリップが帰ってきた足音が聞こえ、守り神は片目を開けた。
勿論、これもポーズだ。目など飾り。開けなくとも周りは見えるし、把握出来るのだから。
そうして間違いなくフィリップであったことを確認したのだが、フィリップは何故かこちら側を見てとても優しく笑った。何かと思うと、いつの間にかリリアンが眠ってしまっていたらしい。恐らくここに来ても解けていなかった緊張の糸が魔物を倒せた実績によりある程度解れたのだろう。昨夜と比べると穏やかな寝顔をしていた。
フィリップはリリアンのところにやってきて軽く額に接吻をすると、自らのマントを敷いた地面に横たえさせ、更にリリアンのマントを上に被せた。その手つきは本当に愛情に溢れていた。
その後、フィリップは一人で取ってきたツルを軽く編み、グラオホーンヴォルフの後ろ脚を束ねて結んだ。逆側を持って木に登り、枝にグラオホーンヴォルフを吊るし、首の動脈を掻っ切る。
4体分これをするにはかなりの重労働だが、黙々とフィリップはこれをこなした。やはりフィリップはどこか王子らしくないところがある。守り神はそう思った。
(もしくは、リリアンへの純粋なる愛かもな)
やはりそう邪推する守り神は心の中だけで楽し気に笑った。
どれ程経ったのか、日が少し和らいできた。
「ん……」
地面に身体を横たえている為、身体が痛くなったのか、日差しが和らぎ寒くなったのか、はたまた結局食べていない為にお腹が空いたのか、リリアンが目を覚ました。
「フィー様?」
そう呼び掛けるが、フィリップは偶々再度ツルを取りに出かけていた。それを知らないリリアンは眠っていたことに気付いて飛び起き、辺りを見渡してグラオホーンヴォルフが全て吊るされていることから、自分がかなりの時間眠っていたことを知った。
「フィー様? フィー様!!」
『あの子ならツルを取りに行っただけだぞ』
叫ぶリリアンの声のせいで微睡みを邪魔され、守り神は口を開いた。
「あっ、守り神様……そう、ですか。教えて下さりありがとうございます」
『今のうちに火でも熾したら良いんじゃないかな? 食べるんだろう、アレ』
「……そう、ですね。そうします」
片目だけ開け、怠惰に尻尾を先の方だけ軽くあげながらそうアドバイスする守り神に冷静になれたのか、リリアンは落ち着いてそう返す。
フィリップは心配だが、フィリップなしで結界を歩くことなど出来ないし、無理にしてもフィリップに心配を掛けるだけだろう。今出来ることは守り神が言うように火を熾すことだ。そう判断してリリアンはまず枝を拾い集めることにした。
「リリ、起きたんだね」
「フィー様っ! すみません、寝てしまっておりました」
「構わないさ。疲れは取れたかい?」
フィリップはリリアンに近寄ると、ぐいっと顔を寄せてジロジロと顔を覗き込んだ。
「はい、勿論です。そろそろご飯を作りますね。と言ってもお肉を焼くくらいしか出来ませんが」
あまりの近さについ恥ずかしくなったのだろう。リリアンは耳の先を赤くし、話を逸らすようにそう言った。
「ああ、ありがとう。俺はロートベーアを完全に結界の中に移動させておくよ」
「手伝いましょうか?」
「大丈夫さ。その為に蔦を取ってきたんだ」
「承知致しました」
フィリップはツルをロートベーアの各所に結び始めた。どうやら引っ張る方針にしたらしい。
リリアンは枝を拾い終わった後は草むしりを始めた。てきとうに取るのではなく、何かしら選びながら取っているようだ。
尚、守り神はやっぱり丸まって寝ていた。
「フィー様、そろそろ出来ますよ!」
「ああ、今行くよ!」
フィリップがロートベーアを完全に結界の中に入れ、グラオホーンヴォルフに噛まれた部分をそぎ落とし、食べられる部分は切り出したり、骨は骨で集めたりしているとリリアンがそう声を掛けてきた。
リリアンは少し太めの枝を板に見立て、枝を擦り付けて火を熾していた。これだけ聞くと普通のやり方に聞こえるかもしれないが、むしり取っていた草のエキスを塗り付けているようだった。だからか、あまり苦労することなく火を熾すことが出来ていた。
やはりリリアンは植物と何か関係があるのかもしれない。守り神はそう思った。
火を熾した後は、洗った肉の塊をナイフで薄く切り、枝に刺して炙るような形で、だけれどもしっかりと焼いていく。
「はぁ。お腹空いたよ」
「ふふ。私もです。いっぱい食べて下さいね」
「まあ……肉は当分困らないくらいにはあるしな」
ロートベーアだけでなく、グラオホーンヴォルフも狩れたことで食糧は当分心配がない状況になっていた。
「今日中に全て解体するのは難しそうですね」
「結界内にあるから取られる心配はないが、解体するにしても格納場所を作らないとな」
「涼しいところでないといけませんし……穴でも掘りますか?」
「それも良いかもしれないな。まあ、その辺りは守り神様と相談して決めようか」
「そうですね」
「ところで……もう食べて良いかい?」
フィリップのお腹がきゅるると鳴り、空腹を訴えた。リリアンは思わず笑いながら、肉の焼き具合をみる。
「あら、申し訳ありません。そうですね、そろそろ食べ頃でしょう。熱いのでお気を付け下さいね」
「ああ。我らが神に感謝を」
「感謝を」
祈りを捧げたかと思うと、フィリップは肉に齧り付いた。
「あつっ」
「フィー様っ」
「熱い……けど、美味しいっ! リリも食べなよ! すっごく美味しいよ!」
「……はいっ」
その肉は軽くリリアンが薬草などを使って臭みを取ろうとはしたが、道具も調味料も何もない状態でのことだったのであまり意味を為していない。
実際、血生臭いし、獣臭い肉だ。だけど、フィリップにもリリアンにも王宮で食べるどんな料理より美味しく思えた。
それは自分達で初めて得たものだったからかもしれないし、2人きりで心穏やかに過ごせていたからかもしれない。ただ分かっているのは、フィリップもリリアンもこんな日々がずっと続けば良いと願っているということだけだった。
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