第4話 無から有を創り出す神の奇跡

 人にとって水は非常に大切なものだ。だけれど、ロートベーアを全て使うことが出来たら、物資の少ない今、非常に助かる。しかし、ロートベーアは血を流しまくっているのだ。結界の外で解体なんてしていたら襲われるかもしれないし、例え出来たとしても殆ど奪われることになるだろう。

 フィリップとリリアンは顔を見合わせた。


「私はフィー様の決定に従いますよ」

「そうか……」


 いつものように全幅の信頼を見せるリリアンに、フィリップは柔らかく微笑んでから、真剣な表情に切り替えた。そして、素早く考えを巡らせる。


「……水でお願いします」


 結果的に水を選んだ。理由は様々あったが、リリアンも守り神も尋ねはしなかった。


『ふんふん。なら2人共、祠に向かって祈りを捧げてくれるかな? それが私の力になるから』

「承知致しました」


 フィリップは立ち上がって、リリアンに手を差し出して立ち上がらせると、手を繋いだまま祠に向かった。


 そうして祠に向かって片足を地面につけて跪き、両の手のひらを重ねて胸に当てた。それがこの世界での祈りの時の体勢だということは守り神も知っていた。

 しばらくして祈りが終わったのだろう。目を開けたフィリップとリリアンは両の手のひらを胸から口の前に移動させ、手のひらに軽く接吻してから立ち上がる。ここまでが祈りの作法だ。

 それを見終えてから、守り神は透明の画面に目を向けてきちんと信仰が増えていることを確認した。


『ふんふん、これならいけそうだな。どこに創ろうか?』

「祠のすぐ近くではご迷惑になりますし……あの辺りはどうでしょうか」


 祠とロートベーアのある方向との結界までのちょうど中間辺りをフィリップは指した。


『ふんふん。じゃあ創ろうか』

「お願いします」


 守り神は神の力を使い、小さな岩を生みだした。どこに繋がっているのか、空いた穴から水がぴゅーっと出てきている。所謂湧き水だ。どこから湧いてくるのかは置いておいて。


「おお……」

「奇跡だわ……」


 結界を張った時は疲れ切っていたり、雰囲気的に流されたりで殆ど反応を示さなかった。しかし、こうして改めて見ると、フィリップもリリアンも守り神の凄さを肌で感じられた。

 無から有を創り出すなんて、神様の奇跡でしか有り得ないからだ。


『飲むといいさ。直接飲めるくらいには綺麗な水だからな』

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 フィリップもリリアンも喉が渇いていたこともあり交互に手で受け止めて喉が潤うまで存分に飲んだ。


「美味しいなっ」

「はい、水というものはこんなに美味しいものだったのですね」


 感動した様子でせっせと飲み続ける。守り神は水で満腹になって倒れてしまわないよう、ある程度で声を掛けた。


『ほらほら、急がないとアレが全て奪われてしまうぞ』

「!! はっ、そ、そうだった。リリ、取り敢えず肉だけでも確保しないと」

「そうですね。毛皮は……」

「後回し。食糧が第一優先だよ。元々あのロートベーアの縄張りだったのか、他の魔物も近付くことを躊躇しているみたいだけど、つまりそれは当分肉が確保できないかもしれないってことなんだから」

「なるほど。今は冬でもありませんし、最優先事項を見誤るわけにはいきませんね」

「うん、さ、急ごう」

「はい、フィー様」


 フィリップとリリアンはナイフを取り出し、ロートベーアの元に駆け寄った。



(ふうん……なるほど。魔物の探知は出来るのか)


 自然にフィリップが魔物の様子が分かっていることを口にしたことで、守り神は心の中でそう呟く。


 守り神はフィリップとリリアンは守るつもりはある。

 貴重な信者だし、何より2人を見ているのは楽しい。どういう過去があって、国を裏切り捨てても付いてくるような主従関係が結ばれたのか、想像を掻き立てられる関係性だ。

 何より、フィリップが年頃になった時、2人の関係性はどう変わるのだろう。こんな森の中で2人きりで暮らしているのだ。暮らしていくのだ。訪れる未来は分かりきっているだろう。その時にリリアンはどういう反応を示すだろうか。楽しみでたまらない。



 そんな下世話なことを考えている守り神とは裏腹にフィリップとリリアンはせっせせっせと切り開いた毛皮の中の肉を小分けにして切り出す形で肉を確保していった。


「リリ、そろそろ拙いかも」

「魔物ですか?」

「うん、じりじりと近寄ってきている。解体していることで血の匂いが更に拡散されたみたい」

「……骨が出ていますし、掴めばある程度は引っ張り込めるのではないでしょうか」

「結構肉は取れたんだし、重みも減っている……か。よし、やってみよう」

「はいっ」


 かなりの重労働だったが、そのまま魔物に獲物を奪われることはフィリップもリリアンも許し難かったのだろう。本当に少しずつだが、じりじりと中に引き摺り込むことが出来た。


 しかし、半分も引き摺り込めない内に木々の向こうからこちらを見つめている目にリリアンが気付いた。


「フィー様、あれ、グラオホーンヴォルフではありませんか?」

「ああ。どう見ても僕達も獲物認定している」


 フィリップも当然気付いていたのだろう。軽くそう返した。


「向こうから引っ張られたら台無しですよね。ここまで持ってこれたのに」

「出来れば骨と爪は欲しいから、くれてやりたくはないよね」

「はい……フィー様」

「うん、そうだね。リリに負担を掛けてしまうことになるけど、それが良いよね」

「任せて下さい」

「……ありがとう、リリ」


 お互いに全てを言わなくても分かっていると言いたげに顔を見合わせて頷いた。

 フィリップは即座に骨から手を放し、急いで湧き水のところに戻って出来る限り油分を落とした。その間、リリは引き続きロートベーアを引き摺り込もうと懸命に頑張る。

 対して、グラオホーンヴォルフは数をどこからか増やして包囲網を築きながら、近寄ってきていた。


「リリ、大丈夫?」

「だい、じょう、ぶ、ですっ」


 戻ってきたフィリップもロートベーアの腕を抱え込むようにして、リリアンの手伝いをするが、その目はきちんとグラオホーンヴォルフの方に向いていた。


 グラオホーンヴォルフ一気にやってこないのは、恐らくロートベーアを倒した者達を警戒しているからだろう。その警戒が働いている間に終えてしまいたいと、フィリップもリリアンも必死でロートベーアを引き摺り込む。

 が、大人しく待ってくれるはずもなかった。


「うおんっ」


 一匹がそう声を上げたかと思うと、一気にグラオホーンヴォルフは飛び掛かるようにしてやってきた。

 フィリップは急いで剣を抜いて威嚇攻撃をした。


「このっ、このっ」


 フィリップは王子だった。だから、剣術の授業は受けていた。だけれど、その目のお陰であまりいい環境にいたとは言えなかった。剣術の授業も武力を与えたくないのか、かなりてきとうにされていたのだ。

 まあ、そのあまりいい環境でなかったことが幸いしてリリアンと知り合え、仲良くなれたのだから一概に悪いことだったとは思っていないのだが、武力の低さは事実だ。


 それでも、ある程度威嚇にはなっているのだろう。入れ替わり立ち替わりの一撃離脱的な攻撃となっていた。

 フィリップは特にロートベーアに向かうグラオホーンヴォルフを集中的に狙うようにした。勿論、自分に向かってくる方も無視は出来ない。何せ腕の部分が結界から出てしまっている。そうしなければロートベーアを喰らおうとするグラオホーンヴォルフに攻撃できない為だ。

 だが、幸いなことに今のところグラオホーンヴォルフはロートベーアというご馳走に目がくらんでいるようだった。いや、威嚇の為の攻撃なのだから、不幸にもと言うべきだろうか。


 グラオホーンヴォルフにとっての不幸は、簡単に肉が取れるところはフィリップ達が切り取ってしまっているということだろう。骨が邪魔して中々肉を奪う目的は達成できていないようだった。

 それでも少しずつ骨の隙間から上手く奪われていく。


 終わりの見えなさそうな攻防だった。それでも少しずつ確実にフィリップとリリアンの勝利に向かっている攻防だった。グラオホーンヴォルフが結界に気付いて、結界への攻撃を担当するものが出てからは更に勝利に傾いた。

 特にフィリップが素早く動き回るグラオホーンヴォルフよりも結界にぶつかって止まっているグラオホーンヴォルフに狙いを定め、一匹仕留めてからはグラオホーンヴォルフはフィリップ達を敵として認めたようだった。お陰で結界がかなりの攻撃を受け持ってくれるようになり、フィリップはグラオホーンヴォルフをそれなりの数葬った。

 結果としてグラオホーンヴォルフは撤退を選んだ。フィリップ達の勝利だった。

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