第2話 フィリップの目に視えるもの

 余程限界だったのだろう。フィリップとリリアンはかなりの時間眠り続けた。

 2人が起きたのは、翌日の昼近い時間だった。昨夜はまだ陽のある内に眠ったのだから、1日近く眠り続けたと言うことだ。


「ん……リリ?」


 起きて、すぐにその名を呼ぶフィリップ。フィリップにとってリリアンは唯一無二の絶対的な味方だったのだし、逃亡生活中はリリアンが居るか居ないかは死活問題だったのだから仕方のないことだった。


「ん……フィー様?」


 そしてそれにすぐに答えるところがまたフィリップの信頼を高めていた。


「あ……ごめんな、起こしてしまった……」


 目を開けて周りを見渡して、ようやく自分達が居たところを思い出したのか、起きたリリアンに申し訳なさそうにフィリップが眉を下げた。


「構いませんよ。そろそろ起きてご飯を食べないと餓死してしまいますしね」

「確かに……そうだね」


 きちんと寝れたお陰だろう。食欲というものを思い出したかのようにフィリップのお腹がきゅるると鳴った。


「だけど、どうしようか?」

「そうですね……私達今結界から出たら死んでしまいますね……」


 フィリップもリリアンも心から困ったと言いたげにそう言う。


「結界の強度が分かったことは嬉しいことだけれどね」

「本当に守り神様に感謝致しませんと」


 フィリップとリリアンの視線は、どうしても目に入ってしまうロートベーアに向いていた。

 ロートベーアの特徴である赤茶色の毛皮だとか、フィリップの身長の2倍以上はありそうな巨体だとかそういうことではない。ロートベーアという危険な魔物が目に入る位置に居るということが大事なのだ。


 いつから居たのか分からないが、ロートベーアは何もないように見えるところを必死で攻撃している。まさかそんな状況になっていたとも知らずにぐっすり寝ていたことにフィリップもリリアンもゾッとした。

 同時に結界の頑丈さを知り、守り神に深く感謝した。


『呼んだ?』


 名前を呼ばれたことを感知したのか、ポンっと子狐こと守り神が現れた。

 現れたと言っても、その体に肉体はない。空間に投影されているホログラフィーのようなもの、いや幻と言った方が良いだろうか。

 守り神の本体は今もあの白い空間に居るのだ。ただこの仮の体が外にあるとそこに居るかのように見聞き出来る。やはり守り神にとってはVR技術みたいなものだなと感じていた。

 子狐というアバターの体も中々オツなものだ。


「あ、守り神様。おはようございます」

「おはようございます」

『ふんふん、ちゃんと眠れたみたいで良かったよ。睡眠を疎かにするのは人間には良くないからね』


 昨日の死にそうな顔から多少は持ち直したようで、フィリップとリリアンの顔色は良くなっている。それを見て、守り神は満足そうに頷いた。


「はい、守り神様の結界があれば安心して眠れることが分かりましたので、今後はきちんと休もうと思います」


 そう言いながらフィリップがチラリとロートベーアに視線をやると、フィリップの視線の先を誘導されるように見た守り神は初めてロートベーアに気付いたかのように驚いた顔をした。


『おお、なんか居るな』

「気付いていらっしゃらなかったのですね……」

『仮にも神の結界だよ? あの程度痛くも痒くもないさ』

「頼もしい限りです。しかし……私共にとってはアレが居る限り結界から出られないので、その……」

『何で?』

「私どもの武力では死んでしまいますので」


 フィリップの言葉に守り神は首を傾げた。


『それはおかしいな。君があの程度に負けるわけがないんだけど』

「……え?」


 ロートベーアは普通のベーア系の魔物より一段も二段も強い。

 そもそもベーア系自体それなりの強さがある。戦いを主体としている人達でもベーア系を相手にするにはそれなりの力を持った人が必要だ。そこそこの力の人達なら5、6人くらいで挑むような相手だ。ロートベーアならば何人必要になるのだろうか。


 フィリップもリリアンも戦いは専門外だ。ただのベーアですら倒せるわけがなかった。いや、戦いにすらならないだろう。

 なのに守り神は当然のように負けないと言ったのだ。


「それは……どういう意味でしょうか」

『どういうもこういうもそのままの意味さ。君は自分の目が他人と違うことくらい分かっているんだろう?』


 そう。実を言うと昨日フィリップを見た時点で即座に守り神はそのことが分かった。だからこそ受け入れたのだ。手元に置いておいた方が良いとそう判断したのだ。


「守り神様は、私のこの目について何か知っていらっしゃるのですか?」


 そもそもフィリップとリリアンがここに来ることになった大元の原因はフィリップの目なのだ。フィリップは何故自分がこのような力を持っているのか知りたいと願っていた。


『君は自分の目をどう認識しているのかな?』

「人には見えないものが見える目だとそう認識しております」

『なるほどなるほど。なら視てみると良い』


 守り神が子狐の小さな鼻でロートベーアを指すので、フィリップは言われるがままにロートベーアを見るが何を言われているのかすら分からなかった。


『良く視るんだよ。あの生き物の命を。魂を。それが肉体に繋がっている糸を。その糸を断ち切れば、生き物は死に絶えるのさ。君の目なら視えるはずだ』


 フィリップは守り神に言われた通り、目を凝らして視てみた。


 すると、ぼんやりとだが、視えてきた。

 ロートベーアの頭が淡く光っているのだ。いや、正確に言うと脳の部分だろうか。

 更にその光を注視してみると、そこからロートベーアの至るところに細い糸のようなものが伸ばされているのが分かった。その糸は特に心臓に纏わりついている。


「視えたと思います。脳の部分にあるのが魂でしょうか」

『ああ、その通りだ。あれはきちんと脳の部分に収まっているから健常な生き物だな。魂から出ている糸はどうだ?』

「はい。特に心臓に絡まっているものですよね」

『合格だ。先程言ったが、魂を肉体から切り離せば生き物は死ぬ。心臓以外にも複数糸が集中しているところがあると思うが、その糸が集中しているところがその生き物の弱点だ。魂を肉体に縛り付けている文字通りの命綱のようなところだからな。これを断ち切ってやれば魂は肉体に留まれなくなる』

「なるほど」


 守り神から教えて貰えたことは確かに有用だ。

 しかし、問題点もまたある。


「確かにこの目を使って魂を肉体から切り離すように攻撃すれば良いことは分かりました。しかし……私達の戦闘技術だとそれをすることが出来ません」

『結界内に居る限り向こうの攻撃は通じないのにか?』

「……つまり、一方的に攻撃出来る、ということでしょうか。それなら何とか出来るかもしれません」


 ロートベーアを倒せば、食糧についても当分は問題なくなる。それに毛皮を剥げば、固い地面で眠る必要もなくなる。

 フィリップとリリアンは顔を見合わせ、頷いた。


「やってみよう」

「はい。お供します」


 城から逃げてくる際、フィリップは剣を所持していた。そもそもその剣で父親である国王を殺したのだから当然だ。

 リリアンは普段から護身用に持っているナイフと、フィリップと合流した後で騎士から拝借しフィリップに持っているよう言われた剣を持っていた。フィリップ曰く、抵抗及び脅し用として使うにはリーチが長いものの方が有利だそうな。ただそれだけのものだから当然使えない。

 よってフィリップは剣を、リリアンはナイフを手にロートベーアに近づいた。


 ロートベーアはそんな近づいてくる美味しそうな獲物に興奮したまま視線を向けた。


「ひっ」


 その視線に含まれた殺気にリリアンが反射的に悲鳴を出しそうになり、急いで引っ込めた。


「リリ、大丈夫かい? 僕だけでもいいよ?」

「いいえ、私はいつもフィー様と共に」


 心配そうにそう告げるフィリップに気丈にもリリアンは首を横に振った。


「ふ……ありがとう」


 そう嬉しそうに笑ったフィリップに、リリアンも少しだけ緊張を解すことが出来た。


「なら……やろうか」

「はい、フィー様」


 フィリップとリリアンは改めてロートベーアに向き直った。

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