異端者達は森の奥で新婚生活(仮)を送る

朝樹 四季

1章 2人と異端者と守り神との出逢い

第1話 プロローグ

※この小説には改訂版があります。

宜しければそちらをご覧下さいませ。




「はぁ……はぁ……はぁ……」


 深い森の中を2人の人間が駆けていた。


「っ」

「!! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。大丈夫さ」


 一人はまだ子供と言っていい年齢の男の子。もう一人は成人しているがまだ大人とは言い切れない女性。


「では、申し訳ありませんが、もうしばらくご辛抱下さいませ」

「大丈夫。元々は僕のせいなんだしな。さ、行こう」

「っ……そうですね」


 男の子の方が身分は上なのだろう。女性は男の子への気遣いを見せながらも、長く話すことは出来ないことを理解している。

 2人はお互いに手を強く握りしめ、また走り出した。


 少し前までは2人達を追いかけて来ている者達の足音や声が2人には聞こえていた。しかし、魔物の唸り声と戦闘音が聞こえて来ている間に距離を取れたのか、今は聞こえてこない。

 それでも、この機会に出来るだけ追手との距離を稼がなければならなかった。


 それに何より、この深い森は森自体が迷路のようになっている上に、その中で繁栄した危険な植物や獰猛な魔物達が跋扈している土地なのだ。男の子と女性なんてか弱い存在など、いつでも呑みこんでしまうだろう。

 2人が何とか生き残っているのは、その力が2人にあったからに他ならない。


「リリ、こっち」

「ダメです、フィー様。そちらは毒草の繁殖地になっています」

「ならそっちから迂回しよう」

「分かりました」


 2人は助け合いながら、決して足を緩めることなく前に進み続けた。


 それから数日経ち、もうとっくに追手の影は見えなくなっていた。それでもここは一歩間違えれば死が待つ魔の大森林。決して2人の心が安らぐことはなかった。




「ここだ……」

「ここ、ですか?」


 女性は不安そうに周りを見渡す。そこは今までと何も違うようには見えなかった。少し開けてはいるものの、特別だとは言えない。

 ただ1つ違うのは、目の前に小さな祠があることだけ。


「大丈夫だよ。見ていてくれ」

「危険はないのですね?」


 女性が念押しするように聞く。


「僕が信じられないかい?」

「まさか。私はフィー様だけを信じております。フィー様だけが私の真実です」

「ありがとう。リリがそう言ってくれるから、他の全てより僕を選んでついてきてくれたから、僕はここに辿り着けたんだ。心から感謝しているよ。だから、是非そこで見守っていてくれ」

「御意に」


 跪いて全幅の信頼を示す女性に、そんな女性の信頼を受けて笑う男の子。

 そんなほのぼのとした空気を払うように男の子は祠に向き直り、歩みを進めた。


「魔の大森林に潜む守り神よ、どうか我の願いを叶え給え。この憐れな我らにどうか安らかな住まいを。そして守り手の居ない我らを守り給え」


 そう男の子がまだ声変わりしていない割にはしっかりとした耳に残る声で唱えると、祠が光を放った。


「!! フィー様!!」


 女性が立ち上がり駆け寄ろうとしたが、祠の上に浮かぶものを見て足が止まった。


「……え?」

「!! 守り神様!!」


 戸惑いの声をあげる女性と、歓喜の声をあげる男の子。そして……


『うわっ、出られた!?』


 そんな2人を無視してきょろきょろと周りを見渡す子狐が居た。



『ここは森? って、何だ、この体!? 狐?』


 周りを見渡していたかと思うと、自分の体に驚く。そんな一人で騒がしくしている子狐に気圧され、2人はぽかんと口を開けてしまっていた。


「あ、あの、守り神様?」


 しばらくして正気に戻った男の子はそっと控えめに守り神らしき子狐に声を掛けた。


『あ、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃったよ。で、何だっけ? 住処が欲しいんだっけ?』


 守り神は目の前に居る2人の人間を見た。


 1人は小学校低学年くらいの小さな男の子。肩まである白銀の髪と明るい緑色の瞳が特徴の華奢というか少し痩せ気味の子だ。あからさまに外で遊びまわるよりも家の中で本を読んでいそうな優しそうな顔をしている。成長した時にどうなるかは分からないが、少なくとも今は頼りがいがありそうには見えなかった。

 もう1人は高校生くらいの女性。淡い緑色の髪を三つ編みしたものが背中の中頃まで伸びている。やはり少し痩せ気味で女性的な丸さはあまり感じられない。しかし、一部だけはあからさまに女性的なのが余計に目立っていた。顔もそこに劣らず色気のあるお姉さんという感じで少し垂れ目で柔らかな青色の瞳なのもまたその印象を強調していた。


「は、はい。私共をお守り頂けませんでしょうか」


 その場で祈る体勢になる男の子に続いて、女性も素早く続く。子狐は2人を交互に何度か見てから、首を傾げた。


『どうしてそれを私に望むのかな?』

「それが、私共が助かる唯一の方法だからです。私共はもう……ここにしか居場所がないのです!」

『ここにしか、ねぇ?』


 そう言って、子狐は再度周囲を見渡した。どう見ても森だ。しかも深そうな。

 こんなところにこの2人はわざわざやって来た。私に助けを求める為に。そう思うと子狐は助けてやりたいと言う気持ちが湧かないわけではなかった。


 そもそも子狐は元々神などではないのだ。勿論、今は神であることは理解している。神の力だって使おうと思えば自然に使えるし、神としての知識もある。

 だけど、神になる前の子狐はただの人間だったのだ。しかも、この世界ではない世界の。


 その世界は平和だった。平和で平凡な一般人だった。何も争いなど経験したことのない平和を当たり前に享受していた只の一般人だった。個人情報に繋がりそうな記憶は一切失われているけれど、それでも自分が異世界人であったことは十分理解していた。

 だから、あからさまに苦労してここに来ましたという格好をしている子供と言える年齢の男の子と大人にはあと一歩なり切れていない女性というか弱そうな組み合わせに情が湧かないと言ったら嘘になる。


 それでも神として安請け合いしたり、あっさりと力を貸すわけにはいかなかった。大きすぎる力が災いを呼ぶことはきちんと理解していたからだ。

 だけど、目の前の男の子を見て、この子を放置するわけにはいかないとそう強く思った。


『1つ条件がある』

「何でしょう!?」

『私の信者となることだ』

「勿論です!!」


 男の子が即答するのを見て、決定権はどちらにあるのかと子狐は女性に視線をやった。その視線を勘違いしたのだろう。女性は


「私はフィー様のご意思に従います」


 と賛同を示した。


(フィー様、ね。なるほど、そういう関係か)


 子狐は心の中で呟いた。


『ふんふん。なら2人を私の信者として認定しよう』


 子狐は神の力を使い、きちんと2人を信者として認定した。


『まずはここに結界を張ろう。君達はまずきちんと寝た方が良い』

「ありがとうございます」


 実際、2人共かなり限界だったので、周囲が結界で覆われたのを見ると、ここしばらくしていたように2人寄り添って眠りに就いた。


 そんな2人を子狐は見守り、そしてスッと消えた。




「さて、どうしようか」


 子狐は真っ白な空間でそう呟いた。

 否、その姿は子狐ではなくなっていた。そう、何故か外に出ると子狐になるようだが、この空間に居る時は人の姿をしているのだ。誰が見るわけでもないのだから守り神は子狐という認識になるだろうが。いや、狐ではなくこの世界流に言うならフクスか。


「そもそも神様としての仕事これが初めてだから、やれることが少なすぎるんだよね……」


 ぽちぽちと空中を叩くようにしているのは、神様にしか見えない透明な画面を操作しているからだ。

 神様の力は基本そうして使う。お陰で子狐もとい守り神にとってはVRゲームみたいに思えていた。所謂育成ゲームだろうか。


 元々、守り神はコツコツと何かをするのは好きだった。

 今の自分は真っ新な状態なのだ。これから経験値を稼ぎ、レベルを上げ、神様として成長する。そんなことが出来ることに興奮を覚えないでもない。いや、別に経験値とかレベルとかないけれども。

 でも、今の自分が先程張った結界内くらいにしか影響を及ぼすことが出来ないとても小さく弱い神であることは自覚している。何せ、守り神がこの世界で目覚めたのは数日前のことなのだから。産まれて数日の者がか弱いのも道理というものだ。


 この数日で守り神はこの世界で生きていくこと、神として生きていくことに決意は着けられていた。だけど、信者が1人もいないどころか、存在すら知られていない神が神として出来ることなど何もなく、寝て過ごすしかないかなと諦めかけてもいた。

 まあ、守り神はそれでもいいかなと思って、ここ数日ぐうたらと過ごしていたのだが、まさかたった数日で信者を得られるとは思ってもいなかった。多少強引ではあったけれど、信者認定するくらいのことをしないと神として何も出来なかったのだから仕方ない。


 それにしても、あの2人は何者なのだろうか。気になって2人となった信者の一覧を見た。


――――――

・フィリップ・ヴェルト(10歳・男) ヴェルト王国第四王子

 反逆者、国王殺し、父親殺し

・リリアン・ミューエ(18歳・女) 

 反逆者

――――――


「ん……あの子、10歳だったのか。もっと小さいかと思ったよ。まあ、今はそんなことより……【反逆者】ね……。なるほど、『ここにしか居場所がない』わけだ」


 事情はなんとなく察した。確かにこれでは外に出たらアウトだろう。まあ、服に血らしきものがべったり付いている時点で何となく分かってはいたのだが。でも、匿っていいものか悩む。

 但し、悪い人達だったら最初から信者認定しないし、信者認定した以上は面倒を見る気はある為、最初から結論は出ている悩みではある。


「それになんか面白そうな2人だし、当分暇つぶしさせて貰うのも悪くはないよね」


 守り神は神様らしく尊大な態度でそう言った。

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