【第二章】覚醒  三.『彼女』

 『彼女』はそれなりに裕福な家庭で育てられた。[S五番村]は他の村より少し規模が大きく、建物なども、大きな街に負けないぐらい発展している。そこにある、裕福でごく普通な家庭に産まれた『彼女』はこの村以外の世界を知らない。そして『彼女』の家族は、一見ごく普通な家庭……に見えているだけだった。


 『彼女』は厳しく教育されていた。母は一つ一つの物事に厳しく、何か都合が悪い事があると怒鳴り散らす。暴力みたいなことはされないが、なぜか昔から右肩に火傷のような痕があった。もしかしたら昔何かされたのでは……。しかし『彼女』にとってそれはどうでもよく、一番苦しかったのは言葉の暴力だった。一方父の方は、まるで無関心で目も合わせてくれない。『彼女』を助けてくれることは一度も無かった。裕福な家庭ではあるが、『彼女』の心は裕福ではなかった……。


 誰も私を助けてくれない……。まだ子供の『彼女』は、精神的に疲れていた。今日もまた怒られる。それしか考えられない『彼女』は次第に両親に殺意を覚えるようになる。

「一人になれば誰にも怒られないし、自由に生きられる」

夜中に寝れずにいた『彼女』が、そう小さく独り言を発し、静かにキッチンの方へと向かった。手に持ったのは包丁。そして、両親の寝室へと向かう。寝室の前に立ち、息を殺しながらゆっくりとそのドアを開けようとした。

「なにやってるの?」

その声は寝室からではなく、『彼女』のすぐ後ろからだった。

「え?」

振り向くとそこには父と母が、何かの本みたいな物を持って立っている。

「それで私たちを殺そうとしたの?」

ばれてしまった……。『彼女』はすぐさまその包丁を投げ捨て、謝り出した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

何度も何度も謝った。今度は怒られるだけじゃ済まない。そう思った『彼女』は、ただただ謝り続ける。謝りながらゆっくりと二人の顔を見てみる。『彼女』が一緒驚いた。母は怒っているのだと、父はまた見て見ぬふりをしているのだと、そう思っていたのに。二人はとても悲しい表情をしていた……。

「今日はもう寝なさい」

母がなぜか優しい声で話す。どういうことなんだろう。この二人は本当に私の父と母なのだろうか。考えが頭を駆け巡り、そして無意識に「はい」と返事をしてしまったーー。


 次の日の朝。父と母はリビングの椅子に座り、『彼女』が起きるのを待っていた。

「おはよう」

母が挨拶をする。

「おはようございます」

『彼女』はまた怒られないようにと丁寧に返事をした。椅子に腰掛け、しばらく沈黙が続く。そして最初に口を開いたのは父だった。

「今日この村を出なさい。一人でだ」

突然の言葉に困惑した。

「え?」

『彼女』が発した言葉に被せるように、父がまた話す。

「我々の素性が政府にばれてな。恐らくすぐここにやってくる。その前にお前だけでも逃げるんだ」

訳が分からない。そんな顔をしていると、今度は母が話し出した。

「私たちは『名前』を持つ者なの。他にも仲間がいるわ。もちろんあなたにも名前があるの」

また訳が分からない。『ナマエ』とは何のことだ。なんで政府がやってくるんだ。それに父と母の、このいつもと違う態度はなんなんだ……。『彼女』の頭が混乱する。すると突然外から激しい音と悲鳴が聞こえた。『彼女』はこの時まだ知らないが、その音は銃声だった。

「もう来てしまったか……」

父と母が立ち上がり、『彼女』の元へ寄る。玄関の方から爆発音がし、政府の連中が家の中に入ってきた。

「こいつらだ。やれ」

そう微かに聞こえた瞬間、母は『彼女』をぎゅっと抱きしめた。それを庇うかのように父も寄り添う。

「今まで厳しい事を言ってごめんなさい。辛かったでしょう? あなたに強い人間になってほしかったの。きっとあなたはこれから一人になってしまうから……」

母が涙を流していた。

「あなたにちゃんと伝えるわ。あなたの名前はライリー。『ライリー・スミス』って言うの。それと、この本を持っていなさい」

『彼女』はこの時、一冊の本と、『名前』と、そして親の愛情を受け取る。最後に二人から「愛してる」と言う言葉を受け取った。


 銃声が鳴り響く。

「お父さん! お母さんっ!」

ライリーの叫ぶ声の中、二人は地面に倒れた。もう言葉は発さない。怒られる事も、無視されることも無くなったが……目からは涙が溢れた。ライリーは初めて、自分のためではなく、両親のために泣いていた。

「子供がいます……どうしますか?」

政府の人間の声。逃げなければ。ライリーは母のおかげで強かった。涙を手で拭い、政府の連中の隙を突いて走り出した。手には両親から託された本を持ち。

「逃げたぞっ! 追えっ! そして……殺せ」


 ライリーは必死に走った。両親が命をかけて守ってくれた。ここで死ぬわけにはいかない。しかし、大人の足には勝てない。追いつかれてしまった。政府の連中は一斉に銃口をライリーに向ける。

「どうしよう……」

周りに何かないか見渡す。その時ライリーは衝撃を受けた。

「村が燃えてる? それに……」

政府によって村の建物などが燃やされていた。そしてそこには村の人達の死体が無数にあった。

「そんな……」

ライリーは脱落し、地面に膝をつく。ゆっくりと銃口の方を向き、諦めかけたその時。一瞬父と母の顔が浮かんだ。

「諦めない……」

ライリーはやはり強かった。悲しみを超えて、怒りの感情が芽生える。

「私はライリー・スミス」

小さな声で言う。

「私の『名前』はライリー・スミス!」

そして今度は政府の連中を睨みつけながら叫んだ。その時だった。ライリーの右肩の傷跡が赤く光り出す。

「なに?」

ライリーは驚き、そして政府の連中も後退りした。

「熱いっ」

右手が熱くなり、そして今度は手のひらが光る。すると突然、手に銃が現れた。そう、初めて『能力』が発動したのだ。熱さと驚きに戸惑うライリーであったが、すぐにその銃を政府側に向ける。そして引き金をひく。政府の連中が一瞬怯んだ。その隙にライリーはまた走り出した。今度は村の人間にしか分からない様な複雑な道を行く。

「今度こそ撒かなければっ」

走っているせいなのか、さっきの不思議な現象のせいなのか。心臓の鼓動が早くなる。


 ライリーは村の外へと逃げた。初めて村の外に出た。

「これからどうしよう……」

なんとか逃げ切った安堵感からか、また悲しみが込み上げてきた。『彼女』は強い。だが今は、悲しみと大量の涙が必要であった。そして数日後、ライリーはある森の中で、一人の少年と出会うーー。

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