【第二章】覚醒  一.故郷

 半日を過ぎただろうか。ようやくあの街に辿り着いた。『彼』は時折、この街に来て物を売っていたので、見慣れた風景だった。いつもならあっという間に着くはずの所だったのに、今日に限ってはやっとの思いだった。女の子……ライリーはなんだかそわそわしていた。恐らくこんな大きい街は初めてなのだろう。周りを見渡している。あの村の惨劇からまだ何時間も経っていないというのに、『彼』のライリーに対する怒りは少し和らいでいた。彼女の経緯を聞いたからだろうか。『彼』の優しさがそうさせているのだろうか。


 三人の中で一番歳をとっている村長が、疲れ切った声で話し出した。

「やっとメルダリアシティに着いたか。もう私は一歩も動けん」

そう。ここの街には名称がある。『メルダリアシティ』と呼ばれ、誰が付けたのかは知らないが、しっかりと地図にも載っている。この世界には数ヵ所、このように大きな街が点在している。その中でもメルダリアシティは、比較的穏やかで小さい街である。


 『彼』とライリーは、座り込んでいる村長を引っ張り上げ、とりあえず宿屋を探すことにした。探すといってもこの広さだ。なかなか見つけ出せない。すると近くにあった料理屋の方から声がした。

「おーい」

その声に、ふと『彼』は思い出す。村のパン屋のおじさんのことを。今はもう無い村のこを……。心臓を締め付けられている感覚だ。だが、すぐ我にかえる。その声の主は、『彼』がよく物を売りに来る料理屋の人だった。

「久しぶりだな。今日も何か売ってくれるのか?」

そう言いながら男は『彼』以外の二人のことを見る。

「仕事仲間かい?」

どう見てもそうは見えない風貌の二人だが、男は一応あいさつ程度に聞いてみた。

「違うよ……。友達なんだ」

『彼』が少し戸惑った様子で誤魔化した。それも違うだろと、内心思った男であったが、一応納得する。

「そういえば、ここら辺に宿屋ってあるかな? あまりそういったお店のことは分からないんだ」

話を逸らすように『彼』は尋ねる。

「それなら、この通りを真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がれば見えてくるぞ」

助かった。これで身体を休めることができる。

「ありがとう」

男にお礼を言い、三人は宿屋へと向かう。


 宿屋までの途中、『彼』は数人の男女に声をかけられた。定期的にこの街に来ているので、それなりに顔を覚えられている。普段なら楽しい会話でもしたいところだが、今は疲れと、そしてなにより政府に追われているという恐怖からか、なるべく人と関わりたくなかった。

 

 なんとか宿屋に到着。小洒落た外観をしており、場違いな感じもしたが中に入ってみる。

「いらっしゃいませ」

いかにも作り笑いをしているようなフロントマンの男が三人に会釈をした。

「三名様での宿泊ですか?」

そう聞かれ、『彼』は少し緊張した様子で「はい」と答えた。

「でしたら、お一人様十二カードとなります」

この世界での通貨は『カード』。文字通り、薄っぺらいカードのような物で、中心に数字が書いてある。十二カード必要ということは、一と書かれたカードが十二枚必要ということだ。

「あっ」

三人は顔を見合わせた。そういえば、お金を誰も持っていない。持ち出してこれる状況ではなかった。

「ごめんなさい。今お金が無くて……」

『彼』がそう言うと、フロントマンは「ちっ」と舌打ちを鳴らし態度が一変した。

「は? だったら出て行け!」

あえなく三人は今日の疲れを癒せない形となった。さらに追い討ちをかけられたようで、気持ちが下がる。


 外に追いやられた三人。『彼』とライリーが下を向いている中、村長がおもむろに話した。

「しょうがない……。あの場所に行くか。二人とも着いてきなさい」

さっきまで疲れ切っていた村長が足速に歩き出した。

「え?」

二人が同時に聞き返した。しかし村長はどんどん先に行ってしまう。二人が急いで追いつき、『彼』が質問してみる。

「村長どこか知ってるの? というか、この街来たことあるの?」

村長は無言で歩く。改めて『彼』は、村長は絶対何か知っていると思った。


 しばらく無言で街の中を歩き、だんだんと雰囲気の暗い所にやってきた。先程の中心地とは違って、ボロボロになった建物や、ゴミが散乱しているような所だ。恐らくこの街の中にも、裕福な所と貧しい所があるのだろう。そして、今は誰にも使われていないであろう、一件の家の前に着いた。

「ここだ」

村長がそう言うと、ほとんど形を留めていない玄関のドアを開けた。中ももちろんボロボロで食器や本などが散らばっている。確かに誰かは住んでいたのだろうが、すごく前のことなのだろう。

「村長、ここは?」

『彼』が当たりを見渡しながら聞くと、村長は真っ直ぐ『彼』の方を見てこう答えた。

「ここはお前と、お前の両親の家だ」

『彼』はゆっくりと顔を村長の方へ向け、そして目から涙がこぼれた。

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