【第一章】名前 三.能力
朝日が登り始めた。絶望の中に照らす光。ゆっくりと村長が立ち上がる。
「街へ行こう。今はそれしかない」
流石長く生きているだけある。自分の心の中で今の状況を理解、整理し、次の行動への意見を述べた。『彼』にはまだそれができない。怒りと悲しみと絶望に打ちひしがれている。
その時だった。村のすぐ側の林から物音がした。女の子と村長は勢いよくその方向を見る。『彼』にはまだ周りが見えていない。すると林の中から数人の人間が出てきた。真っ黒い武装をし、手には銃を持った『政府』の人間だ。『彼』らがいる方をじっと見て、そして視線を女の子の方に向ける。
「いました。あの女です」
武装した一人が、無線機で誰かに伝えているようだった。その声に反応し、『彼』もそちらの方を力無く向く。
「他にも生き残りがいますが……。はい、分かりました」
そう言った途端、持っていた銃を『彼』らに向けた。
死ぬ。ただ残酷に殺されてしまう。もう……どうでもいい。『彼』は全てを諦めた顔をした。そして銃声が鳴り響く。『彼』に銃弾は当たらなかった。なんと、女の子が『彼』の前に立ち塞がっていたのだ。しかも手には大きな鉄板のような物を持ち、銃弾を弾いていた。
「え?」
『彼』の顔に少し生力が戻った。
「なんでこんな……。それにその鉄板みたいなのは一体……」
訳も分からないまま、村長もその鉄板の盾に入ってきた。
「やはりそうか。あんた、能力が使えるんだな?」
村長が女の子に問いかける。
「うん。私は、ある特定の物を何も無いところから作ることができるの。もちろん制限はあるけど」
まだ鳴り止まない銃弾の嵐の中、女の子は説明した。
「能力?」
『彼』がそう言った途端、女の子が持っていた盾が光に包まれながら消え、今度は小型の拳銃が出てきた。そして政府の連中に向けて発砲。
「これが能力。後で説明してあげるから、今は逃げるよ」
女の子は盾と銃を上手く使い分けながら『彼』と村長と共に政府の連中から逃れていく。
なんとか振り切ったか……。今は無き村から離れ、三人はようやく政府の手から逃れた。皆、服はボロボロで、身体はすり傷だらけ。身も心も疲れ果てていた。
「さっきのは何? 能力ってなんのことなんだよ……」
『彼』が女の子に言い寄る。
「それにどうして政府の人が君を追ってるんだ? そのせいで村は……」
しばらく沈黙が続いた。そして口を開いたのは村長だった。
「あれは、恐らく彼女は自分の『名前』を知り、あの能力を得たのだ。そうだろ?」
やはり村長は何か知っていた。
「昔、『名前』という文化は確かにあった。その人個人に対する名詞。その人物の存在している証と言ってもいい」
村長が続けて話す。
「君ら子供にはその文化すら届いていなかっただろ? 我々大人ですら、迷信ぐらいにしか思っていなかった」
『彼』は、村長の話を理解するよう努めた。そういった文化があったこと。そして理解せざるを得なかった。なにせ、あんな不思議な能力というものを目の当たりにしたからだ。
『彼』がゆっくりと話す。
「じゃあ君は、自分のその……『ナマエ』ってやつを知って、あの能力が使えるようになったんだね?」
その質問に、沈黙していた女の子が静かな声で答えた。
「そう。私は、自分が住んでいた村で、自分の両親に『名前』を聞かされた」
そう言うとまた少し黙り、今度は悲しそうな顔で話す。
「そして……。私が『名前を』知ったことが政府にばれ、私の村は消されてしまった。私の両親も一緒に……」
皆にまた沈黙がはしる。
『彼』は分からなくなっていた。自分の村が無くなってしまったのは、この女の子が来たからだ。そのせいで政府が来て、村をめちゃくちゃにされた。でも、本当に彼女のせいなのだろうか。彼女は自分の証というものを手に入れただけだ。なぜそれを政府が追っているのだろう。それに彼女は村も、両親さえも無くしてしまった。とても悲しいことだ。『彼』はこの憎しみを誰に向ければいいのか分からなくなっていた。
「とにかく街へ向かおう。詳しい事はそれからだ」
村長が沈黙を破るように話し出した。
「待って」
急に女の子が呼び止めた。
「こんなに話したんだから、改めて自己紹介させて」
女の子は無理矢理に元気な声で話す。
「私の『名前』はライリー・スミス。『ライリー』って呼んでね」
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