【第一章】名前  ニ.君のせい

 『彼』は一瞬固まった。何を言っているのか、そもそも自分に話しかけているのかすら曖昧だった。咄嗟に「……ナマエ?」と復唱した。

「なんだ、そうか」

女の子は何かを悟ったように悲しい顔をした。

「私に会ったことは誰にも言わないで。そこのおじいさんもだよ」

女の子は素っ気なく話す。村長がいるのをすっかり忘れていた。今の状況が理解できず、頭が混乱していたからだ。村長だってきっとそうだ。訳の分からない女の子が急に現れて、そして『アナタナマエハ』と話しかけてきたのだから。後ろにいる村長の顔を見てみる。

「え?」

『彼』にまた理解できない事が起きた。村長は驚いたような……違う。恐怖を感じているような顔をしている。まるで何かを知っているかのように。


 『彼』が村長に話しかけようとしたその時。突如遠くの方で凄い音がした。爆発音のような音だ。間もなく三人がいる森に、地響きと熱風が押し寄せる。

「なんだ!?」

体がよろめく。音がした方は……村の方だ。『彼』と村長は顔を見合わせた。

「急いで戻ろう」

村長がそう言うと、女の子が近づいてきた。

「私も一緒に行く」

一瞬不思議に思ったが、そんな事をしばらく考えている余裕も無く、三人はなるべく早く、村へと向かう。当たりは暗く、静けさが一面に広がっている中、遠くの空はオレンジ色に染まっていた。


 村長が唐突に言葉を発する。

「どうして『名前』のことを知っているのだ?」

女の子は沈黙する。やはり村長は何か知っている……。そしてその『ナマエ』というものの話が出てから、やけに自分のことを見てくる。そう『彼』は思いながらも、三人の歩みは徐々に速くなっていく。


 村の方向からの爆発音。村は大丈夫だろうか。村の人達は無事だろうか。心優しい『彼』は、とにかく周りを心配する人間だ。今一緒に村へと向かっている、あの女の子に対してすら心配をしていた。なぜ一人であの森に、こんな暗い夜にいたのだろう。なぜ訳の分からない事を言っているのだろう。これが『彼』の良さでもあり、欠点でもあった。いろいろ考えが頭を駆け巡る中、ようやく村の近くまで辿り着く。


 絶望。村に辿り着いた時、最初に出た感情だった。村一面が火の海と化し、ほとんどの家や店が崩壊していたのだ。そして、いたる所に人間らしきものが転がっていた……。

「みんなが、みんなが」

『彼』は動揺を隠せない。今朝まで普通に過ごしていた村が炎で燃えさかり、人かどうかも判別できないほどの死体が何十体もある。あのパン屋の側にも人間の死体があった。『彼』が絶望している隣で、村長もまた絶望していた。膝をつき、両手で顔を覆いながら何か呟いている。

「わたしの村が……村のみんなが……」


 女の子は辺りを見渡す。燃え盛る炎の中、安全そうな所を歩きながら地面を見ている。何かを探しているようだ。

「やっぱり」

女の子が呟くその言葉を聞いた『彼』は、涙をこぼしながらゆっくりとその子に近づいた。

「やっぱり? 君は何か知ってるの?」

今のこの状況を理解するために『彼』は無我夢中で聞く。


 女の子は少し躊躇し、沈黙したが、何かを決心したようだ。ゆっくりと静かな声で話始める。

「この村にこんな事をしたのは、政府の連中だよ。いたる所に銃の薬莢が落ちてたから間違いない」

女の子はさらに話し続ける。

「奴らは村の人達を撃ち殺した後、村に火を着けたんだ。証拠が残らないようにね」

そして最後にこう言った。

「たぶん……私を追ってきた連中だと思う」

『彼』が目を見開いて女の子の顔に視線を合わせた。

「君を追って?」

訳が分からなくなってきた。どうして彼女を政府が追っているのか。そもそも政府とはなんだ。どうして村が燃えているんだ。なんで人が死んでるんだ……。


 『彼』はいつの間にか、女の子の両肩を強く握り、叫んでいた。

「君のせいだ! 君のせいでこうなったんだ!」

あの心の優しい少年が、怒りのままに叫んでいた。女の子はただ静かに、その叫ぶ『彼』の顔に目を背けた。とても悲しそうに。


 今日、月明かりが照らすこの夜。[SW二十八番村]という村が地図から消えたーー。

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