NAME〜覚醒と希望〜
ひろ丸
【第一章】名前 一.『彼』
その街は人々で溢れ返っていた。レストランでは楽しげな会話が聞こえ、服屋では呼び込みをする女性。誰もが活気に満ち溢れている。しかし、このような素晴らしい生活を送っている人々は、皆『名前』が無いーー。
『名前』が無くなった訳ではなく、元々産まれた時から無いのだ。だから誰もそれを不思議には思わない。『名前』という文化があったことは事実で、大人たちはそれが何なのかを知っている。だがそれは、ただ『名前』という文化の歴史を学んだだけであって、曖昧なものとなっている。子ども達はその存在すら知らないぐらいだ。この街だけではない。この世界にいる全ての人間に『名前』は無い……とされている。
街から南西に少し進んだ所に村がある。[SW二十八番村]という、ただ番号を割振りしただけのような名前の村に『彼』はいた。年齢は十五歳。歳の割には少し大人びた顔立ちをしており、伸びた髪の毛が無造作にはねている。そしてなぜか、右の手の甲には火傷のような痕があった。誰にでも優しく、困った人がいたら一目散に助けに行くようなそんな少年。村の誰もが『彼』を好いていた。
「おーい」
村に一軒だけあるパン屋の入口付近で、中年の男が大きな声を出した。すると歩いていた数人がそちらを見る。男はその誰とも目を合わせず、また「おーい」と叫ぶ。どうやら遠くを歩いていた『彼』に呼びかけているようだった。『彼』が気づき、自分に話しかけてるのか確認するために、人差し指を自分の顔に向けた。
「そうだ、そうだ」
男は手招きし、『彼』を呼ぶ。
「今日もこれから仕事かい?」
男が親しげに話しかけてきた。
「そうだよ。今から森まで行って薪と薬草を取りにいくんだ」
『彼』がそう言うと、男は手に持っていた袋を渡してきた。
「ならこれを持ってきな。少しだが腹の足しになるだろう」
中には数個のパンが入っていた。
「いいの? ありがとう!」
『彼』は満面の笑みで喜んだ。子供でも仕事をしなければならない状況にあるこの世界。大人子供関係なく生きているが、『彼』のその笑顔は紛れもなく無邪気で純粋な子供であった。
森へと向かう中、村の人々にこれでもかというほど話しかけられ、ようやく辿り着いた。『彼』がどれだけ愛されているか伺える。それは恐らく、『彼』に親がいないということも関係しているのだろう。物心ついた頃にはもう親という存在はなく、父の顔も、母の優しさというのも知らない。だからこそ『彼』は生きるという意味をよく理解していて、他の子供達とはどこか違う感覚を持っている。
ようやく辿り着いた小さな森。『彼』はいつもここで木を切って薪を集めたり、薬草や食べれそうなキノコ、時には小さな動物を狩り、村のお店に売っている。そして月に一度は、あの大きな街まで行くこともある。街は、村から歩いて行っても半日はかかる距離だが、なかなかいいお金になるのだ。『彼』は今日も精一杯働くーー。
いつの間にか夕方になった。
「そろそろ帰らなきゃ」
『彼』は今日の収穫に満足し、来た道を帰る。すると、森のすぐそばを流れている川の近くに人影が見えた。もうすぐ暗くなるのに誰だろうと、近寄ってみる。
「村長じゃないですか」
そこには[SW二十八番村]を代表する村長が、釣竿を肩に乗せながら立っていた。
「おお、もう仕事は終わったのかい?」
村長が優しい声で聞いてきた。
「はい、村長こそここで何をやってるんですか?」
あまり村の外に出たところを見たことがなかったので、『彼』は少し驚いていた。話を聞いていると、どうやら村長は人の目を盗んではよくここに来て釣りをしているらしい。息抜きだそうだ。
少し雑談をし、辺りが薄暗くなってきたので二人で村へ帰ることに。ふと、村長が立ち止まった。周りを見渡している。
「村長、どうしたんですか?」
と言った直後、村長がいきなり激しい怒鳴り声のような声を出した。
「誰だ!?」
すると、すぐ横の木の影から何かが出てきた。『彼』はこの時、人生の中で一番の驚きを見せた。村長の、あの雷が落ちたかのような大きな声にもだが、何より驚いたのが、木の影から現れたものが人間の女の子だったからだ。薄暗くてしっかりとは見えなかったが、同じ歳ぐらいで、少し背の低い子。可愛らしい女の子というイメージがしっくりくる。その女の子は唐突に言葉を発した。
「あなた、名前は?」
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