黄昏時の公園

 柿下澪かきしたみおは入学式の帰り道をひとりでとぼとぼと歩いていた。

 自分の教室がわからなく、初日から先生たちの中で有名になってしまったのは不覚だった。いや、クラスメイトからも変な目で見られていたでより一層不覚だった。

 入学式のあとに迷子になるなんて前代未聞だと、何人かの先生に言われもしたが、それがどれほどのものなのかよくわからない。絶対に去年も同じような人がいたと思わないでもない。

 初日から目立ってしまったのは流石にしょげる。あまり悪目立ちしないようにしないとな、と自分に言い聞かせながら歩いている自分の背中は見事に曲がって猫背になっているのだろうなぁと思うが、これもクセのひとつだ。自然にしていればこうなる。特に今日みたいになにかがあったその日の帰り道なんかは。

 ふと、ほのかなピンク色がキレイで満開な桜が目に飛び込んできた。桜の木は公園を取り囲むように生えており、幻想的な空間を作り上げていた。

 通学路にこんなにキレイな公園があるなてラッキーだと思いながら、自動車侵入防止のポールを避けながら公園と入った。

 散り始めている桜が公園の中心にある噴水の周りにある池の中にひらりと落ちていく。一枚。また一枚と透明な水の上に浮かぶそれは池に色を与えていく。辺りにはだれもいないようで、こんな景色を独り占め出来ていることに優越感すら覚える。

 ふと春風が勢いよく吹いた。

 新調したばかりの制服のスカートがまくれ上がりそうになるのを必死に抑える。そして桜の花が一斉に風にあおられて空に舞った。あまりに一瞬の事でそれを逃さないようにと記憶に焼き付ける様に見入った。

 そう。

 周りで起きた異変に気が付かないくらいには。

 だから、風がやんで辺りがほのかに赤く染まっているのに気が付いた時、心臓が飛び跳ねた。

 夕焼けかと思うほど辺りは赤く染まっている。ピンク色の桜の花びらは赤く見える。太陽はまだそれほど傾いてはいないはずだと空を見上げるが太陽の姿が見えない。世界の摂理が崩れてしまった様に感じられ、背筋に悪寒が走る。

 そして気が付いてしまった。圧倒的な存在感が先ほどまで噴水であった場所にあるのを。現実ではありえないモノが姿を現していることに。

「……ドラゴン?」

 自分でも間抜けな声を出してしまったとは思う。しかし、そこにはまぎれもなくドラゴンとしか呼べないモノが存在していた。

 体中を覆うのは赤く染め上がった無数の鱗。ガッチリとした四肢は大木の様に太く、その先には鋭い爪が並んでいる。尻尾はびっしりと鱗に覆われ先に行くほど細く固いものに見える。大きな翼はその巨体を飛行させるに相応しい迫力。トカゲより凛々しく見える顔に知性を感じさせる瞳は恐怖というより絶望を押し付けてくる。

 なんでドラゴンが実際に存在しているのかなんてわかるはずもないけれど、確かにそこにいるのだけはわかる。それが偽物であって欲しいと願えないほどに存在感を醸し出している。

 まるでこのところずっと思い返している小説の中のドラゴンのようだ。姫に倒されたドラゴンもこんな風だったのかと思う。空想の中の存在に出会えたことを喜びたいが、その存在感に本能がそれを許してはくれそうにない。命の危険がすぐそこに迫っている。そう告げているのだ。

 ガバァ。

 丸のみされてしまいそうなくらい大きな口が開きながらこちらを向いた。その口内の奥に赤く燃え上がる炎が見える。ドラゴンの息は炎を生むと小説にも書いてあったがそれだろう。小説では伝説の盾がその炎を防いでいたがそんなものはここにはない。燃えかすになること以外に選択肢がない。今日から高校生活が始まったというのに人生そのものが終わるなんて想像もしていなかった。

 炎は大きくなりドラゴンがうねり声を上がるとともにそれは勢いよく噴き出す。

 近づいてくる炎が他人事のように感じられゆっくりと見えた。新品の学生鞄を目の前に掲げ盾の様に構えてみる。小説ではこうやって構えれば防げたのだ。伝説の盾と学生鞄という絶望的な差はあるので防げるはずはないけれど。

 死を覚悟して目を閉じる。走馬灯のようなものはないものなんだとのんきなことを考えてしまう。特に取り柄もなく運動は苦手で本を読むことは昔から好きだった。色々な世界に憧れを抱いていた。

 姫が騎士の魂をドラゴンの牙に宿したあと、どのように魔王へと立ち向かっていくのか。その続きが気になる。そんなことを思っても、もう死ぬのだからどうしようもないんだと、あきらめも同時に浮かんでくる。

 しかし、いくら待っても意識は途絶えることなく、それどころか予想していた熱さもほとんど感じない。不思議に思って恐る恐る目を開けた。そこには炎を防ぐ学生鞄があった。

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