入学式

 高校生になるための儀式は順調に進んでいった。儀式と呼べるほど大げさなものでもないのかも知れないが、大人たちがこの日に向けて準備をし、生徒たちはこの日に向けて気持ちを持っていくのだから儀式に近いものがあると思う。しかし、大人たちのそれはどうしても形式的に見える。手を抜いているわけではないだろうが、ある程度なれてしまっているのか、気持ちが付いてきていない。そう感じてしまう。

 だからといって生徒たち全員の気持ちがこの入学式に向かっているかと問われれば、それもやはり違うのだとそう思う。

 あたりを見渡せばパイプ椅子に座った新品の制服を着た生徒たちの大半はどこか浮ついている。理由は人によって様々だ。中学からの友達との話に小声で盛り上がっていたり、常に周りの様子を伺うように何かを(多分同類を)探していたり、じっと先生の話を真剣に聞いていたり。

 全員が様々な形でこの通過儀礼を確かに受け入れようとしている。

 その中でも柿下澪かきしたみおは昨日読んでいたライトノベルの内容を反芻はんすうしていた。

 亡国の姫が剣と魔法を使い魔王を倒しに行くファンタジー小説。悲劇まみれの姫が仲間と共に成長していく話、その続編を読むふけっていたのだ。

 今回のお話は、町の人に頼まれたドラゴン退治だ。そこで幼なじみの騎士である彼を失ってしまい、姫の心は折れる。しかし、騎士の最後の願いによって姫は再び立ち上がる。そして騎士の魂とドラゴンの牙が合わさって新しい剣となってそのドラゴンを打倒したのだ。

 騎士の最後の思いを受け取った姫の涙に、一緒に涙を流さずにはいられなかった。

 思い出していたら涙がこぼれそうになって慌てて咳き込んでごまかした。入学式から涙を流すなんて情緒不安定にも程がある。あぶないやつ認定されるのにはまだ早い。いや、そんな認定される気なのか私。と思わなくもないがこればっかりは仕方のない話のような気もする。

 昔から好きなものに熱中し過ぎるクセがある。周りが見えなくなるくらいには。だからなのだろう。熱中した作品を語ると、気持ち悪い、何度か言われたことがある。

 あまりに熱弁するのでその熱量がすごすぎてついていけないのだという。話を合わせたら最後、その熱量をぶつけられるのがわかっているうからなのか、だれも澪の話し相手になろうとはしなかった。

 それでも澪が作品に込める熱量は変わることはなく、入学式の前日だろうが、当日だろうが思うのは読んでいた小説の内容のことばっかりだ。

 だから、先生の話をいっさい聞かずに入学式のあと、どの教室に向かえばいいかわからなくなったのも必然だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る