リトライ幼馴染

@r_417

リトライ幼馴染

 十五歳、春。

 私、柏木エリは桜高の校門前に佇んでいた。


「……」


 教室は疎か、校門前で早くも怖気付いてしまった私は極度の人見知り。

 私の一番古い思い出は周りの子どもたちと打ち解けられず、遠巻きに様子を眺めていた光景。……と、断言するくらいに筋金入りの人見知りだ。


 そんな私の人生に気のおけない友人なんていなかった。つまり、友人と示し合わせて受験校をチョイスする発想なんて私の辞書にあるはずもない。

 というわけで、ただ一人。桜高に乗り込んで来たけれど……。


「…………」

 

 何事も中道を極めれば、目立つこともない。

 その信念で、私はいつも秀でることなく、劣ることなく日々淡々と過ごすことに専念していた。それは登校時間もまた然り。遅刻するような悪目立ちを避ける時間帯に、目的地である桜高の前にはキチンと到着していた。だけど……。


「……っ」


 校門をくぐる、最初の一歩がどうしても踏み出せず途方にくれる。

 不幸中の幸いは、校門をくぐるべく何度も繰り返すトライ&エラーさえ気付かれることない自分自身の存在感の薄さだろうか……。なんて悠長に考える暇なんて残されていない。入学式の集合時間は刻々と近付いている。校門前で怯んでいては、埒が明かない。


 さて、どうしたものか……。

 早くも肩を落とした瞬間、腕をガシッと掴まれて驚愕してしまう。


「え……!?」

「やっぱり、……お前か」

「…………」


 初めは、腕を掴むような救いの手を差し伸べる人がいるとは思ってもいなくて、ただただ驚いた意味合いが強かった。だけど、声の主を確信すれば……。呆気に取られる気持ちが上回るのだから、よくよく考えなくても失礼な話と言えるだろう。


 ちなみに渋い表情をしたまま、脱力しかけた私の腕を強引に引っ張り上げてくれた相手は同じ中学校出身の小林一誠くん。小林くんは同じ中学校出身でもありつつ、実は生まれた時から幼馴染と紹介しても問題ない距離のご近所に住んでいる間柄でもあったりする。


 さて、小林くんは怖そうな見た目とは裏腹にとても人懐こい性格をしている。そして、小林くんが大切だと認識している人たちへの対応はとても優しく、面倒見が良いと専ら評判だ。その対象は小林くんのご家族、友人、そして捨て猫……と多岐に渡る。だけど、まさか知り合って十五年経過しても、日常会話さえ成立しづらいご近所の同級生相手にまで優しい対応をするとは思ってもいなかった。改めて小林くんの懐の深さに、感心しっぱなしだ。


「てか、怖いなら。俺が一緒に入ってやるよ」

「……え?」

「ん、違うのか? 誰か待っていたのか?」

「……や、誰も待ってないけど」


 たかだか近所の同級生に過ぎない存在にも関わらず、小林くんが優しく接してくれるから混乱する。予想もしていなかった展開に動揺しまくり、パニクってしまった私は、首を全力で横に振って、返答するだけで精一杯だ。

 そもそも幼馴染と呼ぶことさえ烏滸がましいくらい、小林くんとは浅い付き合いしかしていなかった。実際、小林くんが同じ高校を志望していた事実すら知ろうとしなかった立場で、都合よく助けを求めていいのか困惑してしまう。

 だけど、小林くんにとっては捨て猫を助ける心意気と変わらない動機で声を掛けてくれたのならば、変に邪推する方がかえって失礼なのだろうか。



 じゃあ、この場合。

 どんな行動がベストなのかな……。


 ただでさえ、十五年程度の浅い人生経験を元に瞬時に正しい対応を弾き出すことなんて難しい。まして、人付き合いを避けていれば、渋い結果になって当然だ。

 そんな中、言葉をなくし、神妙な表情で押し黙る私の戸惑う気持ちも、何とか考えようと頑張る私の気持ちも、小林くんは全てお見通しらしい。小林くんは苦笑しながら、私の左手を強引に握ってくる。


「え、ちょっ……」

「ほら! 突飛な行動の方に注意が向いて、校門くぐることなんてどうでもよくなっただろ?」


 小林くんはケラケラと笑いながら、私を強引に校門の中へ一緒に引っ張り飛び込んでいく。小林くん自ら突飛な行動と言い切ったけど、本当に子どもや捨て猫をあやすような対応をされるなんて、流石に予想していなかった。というか、私も一応は同級生なんだけど……。

 そんなことを思いつつ、何と答えたらいいのか返事に悩む。そんな私に向けて、小林くんは屈託ない笑みを浮かべて声を掛けてくる。


「もう三年。よろしくな、エリー」

「……」


 懐かしい呼び名を囁き、くしゃくしゃな笑顔を見せた小林くんを見て不意に思い出したことがある。



 私に対して人懐こい小林くんが距離を置くのは、引っ込み思案で人見知りの私が面倒だからだと思っていた。



 だけど、違った。

 その認識は間違っていたんだ……。




 昔からご近所同士、大人を待つ時間、子どもの一人遊びは危ないと一緒に遊ばざるを得ないケースも多々あった。だけど、人見知りの私はいつも小林くんから距離を取って、泣いてばかりいた。

 だけど、そんな私に向けて、小林くんはただの一度だって悪口を述べたことはなかった。それどころか、あの日。小林くんは確かに約束してくれていた。


『無理に一緒に遊ばなくても、困ったら助けるから。エリーは傍にいればいい』


 そう言って、小林くんは同じ空間にいる私と無理やり遊ぼうとはしなかった。


 そして、成長していく中。

 私は目立つことを避けるために中道を極め、誰にも頼ることなく一人ひっそりと生きてきた。だけど、もしかすると……。


「(傍でずっと、待っててくれたの……?)」


 私が小林くんと無理せず一緒にいることが出来る時まで、待っていてくれたというのだろうか。だったら、先ほど助けてくれた行動も腑に落ちる。



 小林一誠は、とても優しい。

 本人が大切だと認識している人へは殊更、優しい。

 そして、人懐こいけど、礼節をわきまえ、情に厚い、そんな男だと私は知っていたはずだ……。


「どうした、エリー? 急がないと入学式、遅刻するぞ?」


 そっと振り返って校門を見れば、小林くんと一緒に飛び越える前に感じた恐怖心はもう湧いてこない。それは、きっと……。


「……そうだね」


 遥か昔の小さな約束さえ忠実に守る男、小林一誠。

 幼い私は自分のことで精一杯だった。だけど、幼い彼は他人の気持ちを優先して、気に掛ける優しさを示してくれていた。同い年にも関わらず、こんなに一方的に寄り掛かっていた事実に気付いた瞬間、恥じ入るとともに生まれて来る気持ちもある。コンプレックスで頭がいっぱいだった時には一切気付けなかった感謝の気持ちが自然と口から溢れていた。


「ありがとう。……一誠くん」

「!?」



 初めて一誠くんの名前を呼ぶ私に、一誠くんも驚きを隠せず動揺している。

 幼馴染なのに一誠くんが志望した高校さえ知らなかった。私の気持ちを尊重する一誠くんの優しさ故に二人に距離が生まれていた事実も忘却していた。そんな私だけど、これからの三年間で新たな関係を築けるかな?


 初めて見る一誠くんの照れ顔を目の当たりにして湧き上がる感情、ひとつひとつに名前を付ける必要はないだろう。だけど、一誠くんに真正面から対峙した結果ようやく気付けた感情はひとつ残らず覚えていたい。


 幼馴染歴、十五年目の春。

 二人を取り巻く爽やかな春の風が軽やかで。

 まさか初心に戻って、ゼロから幼馴染をはじめたいと決心するとは思わなかった。だけど、そんなどんでん返しが突如起こることさえ乙だと思えた瞬間、私自身のことをようやく好きになれそうな予感がしていた。



【Fin.】

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