第19話 お誕生日会
ローザと共に過ごす日々はあっという間に過ぎ、お誕生日会の日がやって来た。
この日は王女殿下の十四歳の誕生日であり、さすがに国外からの参加者は少なかったが、国内の王女殿下と懇ろな関係になりたいと画策している連中はこぞって参加していた。そこで俺という爆弾が落とされることも知らずに。
この日、俺は王女殿下であるローザの婚約者として正式に紹介されることになっているのだ。すでに噂で知っている人達も多いだろうが、あくまでも噂である。正式な場所で発表されない限りは真実ではないのだ。それがこの日、真実となるのだ。真実はいつも一つ。一度言ってみたかっただけである。
会場にはすでに多くの子弟達がたむろしていた。誰もがこの日のために着飾っている様子だった。俺は知り合いもいないため、一人寂しく料理を物色していた。
いや、一人だけ知り合いがいた。この国の王子様、ローザの兄のエリアーシュ殿下である。俺と同じ十五歳であり、まさに「物語から出てきた王子様」と言った風貌であった。
「デューク、こんなところにいたのか。探したぞ」
「これはこれはエリアーシュ殿下。本日はお日柄も良く――」
「ああ、そういうのいいから。俺のことはアーシュと読んでくれといつも言っているだろう。全く、いつになったら呼んでくれるのか。あ、兄上でもいいぞ?」
突然現れたマジモンの王子様にキャーという黄色い悲鳴が鳴り響く。だから俺は王子様の隣にはいたくなかったんだよ。この会場には王子殿下が現れることを知っている玉の輿狙いの女性達も多く参加しているようだった。あちらこちらで色とりどりの蝶々が舞っている。
そんな感じで王子様と話をしていると、視界の端に元弟の姿が見えた。何だ、参加しているのか。弟に特に恨みはないが、昔から避けられていたので気持ち良くはなかった。
それに目ざとく気がついたアーシュ。他の人には聞こえないような声で聞いてきた。
「おい、あれ、お前の元弟だよな? 気に入らないなら消してこようか?」
「いや、結構です。大丈夫です。やめて下さい」
どうしてこう過激な発想になるんだ。しっかり断っておかないと後が怖い。なおも俺の代わりに敵意を燃やす王子をなだめていると、いよいよローザが会場に現れた。
まずは正面のステージの上で最初の挨拶をする予定になっているのだが――俺の予想通り、俺を見つけると一目散に俺のところへと駆け寄ってきた。
良い具合に隣に王子殿下がいるので、王子殿下の方に駆け寄ったとも見られなくもない。
「デューク様も一緒にいらして下さいませ! あ、お兄様もついでにどうぞ」
あ、お兄様涙目になってますよ。ローザに引っ張られて俺はステージへと上がった。ざわざわと騒然とし始めたのは言うまでもない。そしてローザは高らかに宣言した。
「私の将来の旦那様のデューク様ですわ。皆様よろしくお願い致しますわ!」
しーん、からの拍手が鳴り響いた。その拍手は主に女性陣からのようである。それもそのはず。強力なライバルがいなくなったのだ。残った優良物件を選り取り見取り選ぶことができる。どこぞの子爵よりかはよっぽどマシだろう。
男性陣からはため息が聞こえている。一発逆転がゆめまぼろしとなり露と消えたのだ。可哀想だが現実を受け入れるしかないな。この俺のように。
いきなり目立つ格好になってしまった俺は、そのまま王女殿下が腕にしがみついた状態で謝辞を述べているのを上の空で聞いていた。王女殿下からは逃げられない! そんな言葉が頭の中をグルグルと、まるで永遠と回り続ける壊れたメリーゴーランドのように回っていた。
虚ろな目で前方を眺めていると、本日のメインイベントである特大の誕生日ケーキがやって来た。デカい。中に人でも入っていそうな雰囲気だ。
ケーキはホールの中央に置かれた。ローザがそれに近づこうとしたとき、何だかもの凄く嫌な予感がした。俺の第七感が「ヤベぇよ、ヤベぇよ」と告げている。
「下がれ、ローザ!」
「え?」
無礼は百も承知でローザを後ろに引っ張った。その途端、ケーキの中から真っ黒な両手がたった今ローザがいた場所に掴みかかった。明らかに人の手ではない。不気味で禍々しい細い腕だった。
周囲からは悲鳴が上がり、すぐに騎士と魔道士が駆け込んできた。
「クックック、なかなか感の鋭い奴がいるようだな!」
バァン! とケーキの中から黒い羽を背中に生やした、いかにも魔族みたいなものが体中をホイップクリームとイチゴまみれにして現れた。威厳も何もあったもんじゃないなぁ。
「ま、魔族だと!? 何百年も昔に滅ぼされたはすじゃあ……」
「ハッハッハ! 我は最後の魔族。貴様ら愚かな人間共が弱体化するのを待っていたのだよ。そこの小娘を我がものにすれば、俺様は最強の力を手に入れることができるのだ! さあ、そいつをよこせ」
こちらに手を出した魔族に騎士達が斬りかかったが、実体がないのかスルリとすり抜けた。それを見た魔道士達は、物理攻撃が効かないと見て魔法を詠唱し始めた。
まずい。こんな狭いところで魔族を倒せるほどの魔法を使ったら、どれだけ被害が出るか分からない。もしかしてだけど、ローザが死んでも構わないと思っているのかも知れない。魔族の手にわたり、パワーアップするよりかはマシなのだから。
「ひ、ひぃー!」
周囲からはあちらこちらで悲鳴が聞こえる。情けない声がした方向を見ると、元弟が淑女達を押しのけて我先にと出口へ殺到していた。淑女を押しのけるとはけしからん奴! 紳士の風上にも風下にも置けないな。
だがしかし、このまま魔道士達の魔法が使われるのを待つわけにはいかない。被害を最小限に抑えなくてはならない。それならば。
「アレスト!」
俺が唱えた捕縛の魔法によって、魔族が亀甲縛りの状態で拘束される。それを見た魔道士達は魔法の詠唱を一時中断した。一先ずはこれでヨシ。
「クッ、どうなっている!? 体の自由が利かない!」
亀甲縛りの状態でのたうち回る魔族。その姿は特殊な性癖をもつ人そのものだ。どう見ても変態そのものである。その様子を、まるで汚物を見るような目で多くの人が見下ろしていた。
屈辱に耐えるような表情を浮かべる魔族。何だろう、あんまり嬉しくないな。
「クッ、殺せ! この俺様を殺すことができるのならな!」
やけに自信たっぷりと魔族は言った、きっと愚かな人間ごときには我は倒せん! とか思っているのだろう。だが甘い、恋愛漫画のイチャイチャシーンよりも甘い。
俺は無言で魔族の体に魔力の糸を貼り付けた。魔族ってあれだろ、要は魔力の塊だろ? 風船のようなものの中に魔力が空気の代わりにギッシリと詰まっているだけだろ? それならば、その風船の中にさらに空気の代わりに魔力を入れたらどうなるか? ボン! だ。
ニタリと笑った俺に気がついたのだろう。魔族が「何するつもり!?」と不安げな目を向けたがもう遅い。静かに魔族を倒す方法がこれしか思いつかなかったので、取りあえずやってみることにした。
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