第18話 姫様ダイブ

 祖父である閣下とハイデルン公爵のお陰で準備は万全に整った。俺は誕生日会の招待状に書かれてあった日付に十分間に合うように、王都に向けて出発した。

 道中は特に問題も無く、予定通りに王都へと到着した。


「無事に着いたけど、宿はどうなってる?」


 有能さに定評があるセバスに尋ねた。だがしかし「え?」という鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされた。あれ~? 間違ったかな~?


「デューク様、王女殿下からの手紙に、王城にデューク様がお泊まりする部屋を用意してあると書かれていたではありませんか」

「あ、そうだったそうだった」


 ポン、と思い出したかのように手を打った。もちろんそんなこと覚えていなかった。そんなこと書かれていたっけ?

 まあ、今更考えてももう遅い。他に宿の予約は取れていないようだし、王城にお世話になることにしよう。なぁに、二度目ともなれば、余裕のよっちゃんだよ。



 眼前に王城の厳つい門が見えてきた。今も多くの立派な馬車がその地獄の門を突破するべくジワジワとにじり寄るかのように匍匐前進していた。

 やっぱ無理! 行きたくない、逃げ出したい。でも逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……。


「デューク様~! 私の王子様~!」


 やばい、緊張感が高まり過ぎで王城殿下に名前を呼ばれているかのような幻聴まで聞こえるようになってきた。ここは素数を数えて落ち着くんだ。一、三、五、七、九……ってそれ奇数やないかーい!


「デューク様、王女殿下がこちらへと走ってきておりますが……」


 あ、幻聴じゃなかったのね。リアルだったのね。

 俺は慌ててバアン! と馬車の扉を開けた。そこにタイミング良くお姫様が胸に飛び込んできた。


 おおっと!


「ご機嫌麗しゅうございます。ローザ様。しかし、いきなり飛び込んで来られては危険ですよ。支えきれなくて共に倒れたらどうされるのですか?」

「それはそれで、アリアリのアリですわ!」


 うーん、だめだこのお嬢様。早く常識を覚えさせないと。教育係ー! 早く来てくれー!

 キュルンとした上目遣いで俺をジッと見てきた。やめてくれ、その目は俺に効く。王女殿下をゆっくりと地面に下ろしながら、何だか静まり返っている周囲を見た。

 みんながみんな目を見開いてこちらを見ている。やばい、メッチャ目立ってる。どうしたらいいんだ、セバスゥー! チラ。


「王女殿下、デューク様、一先ず馬車の中にお入り下さい。城内まではいささか距離がありますので」


 俺の視線に気がついたできる男セバスが素晴らしい案を出してくれた。満点をくれてやろう。即座に俺達を合法的に周囲の視線から隠すその手腕。そこに痺れる憧れる!


「王女殿下に出迎えていただけるとは光栄の極み。どうして私の場所が分かったのですか?」

「ウフフ、窓からずっと見ておりましたのよ。そしたら馬車の屋根にイーストン子爵家の家紋があるのを見つけて、居ても立ってもいられなくなってしまって、飛び出して来ましたのよ」


 何て可愛い娘なんだ! でも王女殿下の取るべき行動としてはだめだろう。ゼロポインツッ!


「大変ありがたいことですが、一国の王女殿下が取る行動ではありませんよ。護衛も付けずに飛び出して、何かあったらどうなさるおつもりですか?」


 ここは心を鬼にして叱るべきだろう。この俺のような、自由奔放で他人のことを一切考えないようなお姫様にはなってもらいたくないからな。

 俺の言葉が効いたのだろう。王女殿下の大きな瞳にじわりと涙が浮かぶ。う、何だがとっても罪深さを感じる。この娘はただ、俺に会いたくて待ちきれなかっただけなのに……。


「デューク様ならそう叱ってくれると思っておりましたわ」


 ……え? もしかして俺、試されちゃった系ですか? 謀ったなローザ!

 そのとき、ドンドンドン! と激しく馬車の扉が叩かれた。慌てて窓を開けると、王女殿下の護衛らしき人達が息を切らせながら馬車の周りを取り囲んでいた。


「王女殿下、ご、ご無事で、すか……?」


 満身創痍とはまさにこのこと。どうやらガチで全力で走ってきたようである。周りを囲む人達もハァハァ言っている。


「もちろんですわ。だから言ったではありませんか。城内で待っていなさいと」

「ですが、そう言うわけには参りません。我々には王女殿下を守るという使命がありますから」

「心配はいりませんわ。これからはデューク様が守って下さいますもの!」


 うっわ。何かもの凄くキラキラした目でこっちを見てるんだけど。

 それよりも気になったんだけどさ、護衛よりも速く走るお姫様ってどうなのよ? それに息を切らせてなかったよね? ……もしかして、武闘派のお姫様だったりするのかな?


 こうして入城する前から一悶着あったが、護衛に囲まれた我らが子爵家の馬車は、まるでモーゼが海を割ったかのように人波を割り、城内へと入って行った。

 そして俺はすぐに国王陛下に呼び出された。違うんですよ国王陛下。そんなつもりじゃなかったんですよ。


「随分と早く来たものだ。ローザに会うのが待ちきれなかったようだな。似たもの夫婦ということか」


 ハッハッハ、とどこにツボが入ったのかは分からないが愉快そうに笑っている。どうやら怒られることはなさそうである。ヤレヤレだぜ。


「おっと、そうだった、そうだった。デューク、お前に子爵の位を授けるぞ」

「ハッ! ありがとうございます」


 良いのか、こんなついでみたいな感じで爵位を授けて。まあ、国王陛下だから良いのか。凡人の俺には計り知れないことだな。


「いやそれにしても、二週間も早く来るとは思ってもみなかったぞ」


 ハッハッハと再び愉快そうに笑った。……え? 二週間前!? 聞いてないよ~。確か招待状には明日が誕生日会になっていたはずなのだが。

 ハッ! さてはローザか!

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