第15話 カメー!

 あなたは覚えていますか? 我が領地を通る川が涸れかけている原因を。そしてそれが上流の山に住み着いたウッドタートルと呼ばれる巨大な亀が原因であることを。私はついさっきまで、完全に忘れていました。

 だって俺の領地、水不足とは無縁ですからー!

 

 どうやらこの川沿いの町や村ではいよいよ限界に達したらしく、下流にある領地は討伐隊を結成すると我先にと果敢に亀に挑みかかったらしい。

 

 が、ダメ。


 討伐部隊は返り討ちに遭い、亀は激怒した。

 まぁ、我が領地からは一人も兵士を送り込んでいないので「そう、関係ないね」と思っていたのだが、どうやらこの騒動に巻き込まれたようである。何という悲劇。

 

 怒り狂った亀は他の領地の町や村を破壊しながら、こともあろうか我がイーストン男爵領までやって来ているらしい。周辺の村々からは「芋煮にするはずだった芋が食べられた」と涙に濡れた手紙が届いた。

 カメー!

 ゆるさん。我が男爵領の特産品になる予定の芋煮に手を出すとはゆるすまじ!


「それで、デューク様、どうなさるのですか?」

「もちろん、殺してでも奪い返す」

「しかし、討伐隊でも無理だったという話ですよ。いくらデューク様がお強いとはいえ……」


 セバスのその言葉に俺はニコリと笑った。

 

「大丈夫。私は負けませんから」


 その言葉に何とも言えない顔をしていたセバスとバジーリオだが、背に腹は代えられないらしく、俺が行くことを認めてくれた。心のどこかでは「あいつが死んでも代わりはいるもの」と思っているのかも知れない。


 そんなこんなで噂の亀が暴れているというイーストン男爵領の僻地までやってきた。男爵領は無駄に広い。ただし、そのほとんどは魑魅魍魎が跋扈する未開の地ではあったが。

 この未開の地を全て人が住める土地に変えることができれば、一気に伯爵に上り詰めることも可能なのだが……俺はそんな面倒くさいことをするつもりは一切なかった。

 だってそれやるの、全部俺なんでしょ? 仮に俺が多重影分身を使えたら考えるけど、生憎と使えないんだよなぁ。


「男爵様が来て下さった! これで大丈夫だべ!」

「んだべ、んだべ! あんな亀なんて、指先一つでボンだべ」


 村人達からは大いに歓迎された。すぐに案内された芋畑は悲惨な状態になっていた。これを全部亀がやったのか……。芋畑がトラクターで四輪ドリフトしながら縦横無尽に走り回ったかのようにグチャグチャになっていた。

 茫然と立ちすくんでいると、村人Aが指差した。


「見てくだせぇ。あそこに憎いあん畜生がおりますぜ!」


 指差した方向を見ると、岩のように大きな亀が美味しそうに芋を食べていた。甲羅には無数の傷が入っていたが、まだまだ何ともなさそうだった。さすがはタートル。何ともないぜ。


 殺気を放つ俺の存在に亀が気がついたようである。お前のような小者、一捻りにしてくれよう、とばかりに見下しながら近づいて来た。村人A、B、Cはすでに逃げたしていた。メタルスライムもビックリだ。


 ちょうど良い。今から使う魔法は俺も初めて使うからどれだけ威力があるのか分からないところだったのだよ。これで周囲を気にせずに全力で魔法を撃つことができるな。


 俺の不気味な微笑みに気がついたのだろう。亀が爬虫類のくせにギョッとして立ちすくんだがもう遅い。俺の魔法はすでに完成していた。


「エターナル・F・ブリザード!」


 Fは「ファイナル」のFである。長いので省略させてもらった。絶対零度まで下がった空気の膜が亀に当たったかと思うと、まるで液体窒素をかけた赤いバラが粉々になるかのように跡形もなく砕け散った。急速に冷やされて強度を保てなくなったのだろう。亀はバラバラになった。


 それを遠くから見守っていた村人達は歓声を上げて喜んだ。その日の晩は歓迎の芋煮会になったのは言うまでもない。

 そう、芋畑はここだけではなかったのだ。村の向こうには見渡す限りの芋畑が広がっていたのだ。

 

 ……これだけあるなら、この区画が亀に食べられても別に大した被害はなかったんじゃないかなぁ。もしかしてだけど、別に亀を倒さなくても良かったんじゃないの?

 

 俺が亀を討伐した知らせは周辺の村々に瞬く間に広がったようであり、俺の保護を求めて、さらに多くの人達が男爵領に押し寄せるようになった。俺の仕事がさらに増えたことは言うまでもなかった。

 俺の仕事を増やしやがって! カメー!



「デューク様、国王陛下より手紙が届いております」

「捨てといて」

「は……いやいやいやいや! それはなりません。なりませんぞ!」


 セバスも大分ツッコミに慣れて来たようである。無理矢理俺にその怪しい手紙を渡してきた。どうせろくでもないことが書いてあるのだろう。娘はやらん、帰れ、とかね。


 パラリと手紙を読んだ俺は、書いてあった内容に我を失った。俺の手からハラリと落ちた手紙を拾うと、セバスはそれを読んだ。


「何と! おめでとうございます。イーストン子爵様!」


 そこにはこの間の亀討伐の功績により、男爵から子爵に格上げするという趣旨のことがサラリと書いてあった。益々仕事が増えるよ! やったね、デュークちゃん!

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