第12話 滅びの歌

 国王陛下からのありがたいお言葉と共に男爵位を正式に拝命した俺は、何故かそのまま王女殿下に連れられて、城の最奥にある王族専用のプライベートスペースへと連れて行かれた。

 王女殿下によって迷いの森の奥深くへと誘われるかのごとく、ラビリンスの中を進んで行った。もう自分がどの辺りにいるのかも分からない……と思うじゃん? そうならないようにオートマッピングをしておいた。

 いつ如何なる時でも油断しない。これ、暗殺されかけた者の鉄則っ!


 たどり着いた場所は小さな中庭であった。色とりどりのバラが可憐に咲き誇っており、こぢんまりとしているが、見るからにすてきな場所であった。隅々まで手入れが行き届いており、どこを見ても美しい緑があった。

 そこには真っ白なテーブルと一対の椅子が置かれており、すでにティーセットが用意されている。王女殿下は上機嫌でハミングしながら俺をそこへと引っ張って行った。


「フン、フンフフ、フンフンフン、フン、フンフフフ~ン」


 随分と危険な歌を口ずさんでいらっしゃる。これはまるで滅びの歌だ。このまま聞いていると俺のSAN値は確実に無くなるだろう。すでに背中には嫌な汗をかいている。

 椅子に座った王女殿下の前に俺は膝をついた。


「先日は大変失礼致しました。まさか王女殿下とはつゆ知らず、無礼な態度を取ってしまいました」


 まずはごめんなさいだ。王女殿下の言葉を完全無視して去った俺はどう見てもアウツだろう。だがまだワンナウトのはず。俺は頭を下げた。

 

「お止め下さい、デューク様!」


 王女殿下が椅子を降り、俺の前に跪こうとした。これはまずい。王女殿下のすてきなお召し物が汚れてしまう。俺は慌てて立ち上がってそれを阻止した。紳士としてそれをさせるわけにはいかない。このことが国王陛下の耳に入ればツーアウトだろう。


「デューク様……良いのです。あの時の私はただの子爵令嬢、ローザだったのですから」


 助かった。王女殿下の名前は「ローザ」と言うのか。どうやって聞き出そうかと思っていたところだ。え? この国の王女殿下の名前を知らなかったのか、だって? 縁もゆかりも無いのに知ってるわけないじゃん。スリーアウトチェンジにならなくて良かった。


「その寛大なお心に、感謝致します」


 俺は感慨深そうに頭を垂れた。心の中では「早く帰りたい」の六文字が浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返していた。まるでカラータイマーのようである。

 ローザに促されて席へと座った。テーブルの上ではすでにとても良い香りのお茶が湯気を立てていた。香りからすると、どうやらハーブティーのようである。

 ローザは一口お茶を飲み喉を潤すと、あの日のことを話し出した。


「あの時は本当に怖かったですわ。身代金を手に入れれば解放するとは言っていたものの、私は犯人の顔をしっかりと見ておりましたから。お金が手に入れば殺されるだろうと覚悟しておりましたわ」


 ローザの容姿を見た限りまだ未成年なのだろう。見た感じ、どう見ても十歳前後だ。これがもう少し歳が上だったら、別の意味で危険だったかも知れない。俺が偶然街にいたことといい、随分と運が良いみたいだ。


「あの時私を助けて下さったデューク様は……そう、私が大好きな本の中に登場する怪盗紳士にそっくりでしたわ。ご存じですか? 怪盗紳士アルセーヌ・ルパンという本なのですが」


 確かにあの時の俺は完全に怪盗気取りだった。現に穴を掘って助けに行ったのは奇をてらうためだったのだから。なので、ローザがそのように感じたのは当然なのかも知れない。


「もちろん知っておりますよ。何せ、私が怪盗ルパンなのですから」


 紳士らしく胸に手を添えて、ニッコリと笑いかけた。もちろん嘘である。そんなわけない。もしそうなら、俺はこの場で逮捕されることだろう。

 このくらいのリップサービスはしておかないとな。ここで王女殿下の機嫌を損ねるのはよろしくない。


「まあ、やっぱりそうでしたのね!」


 パチンと両手を叩き、はち切れんばかりの笑顔をこちらに向けるローザ。うお、まぶしっ! 何だか胸がズキッとした。何故かしら。


「デューク様は私の大事なものを盗んでいかれましたわ」


 ……え? 何それ怖い。何だかそれに続く言葉を全力で聞きたくない衝動に駆られているのだが。これはヤバい。ゲロマジヤバい。急いで話題を変えるんだ。手遅れになっても知らんぞー!


「私の心です」


 ……


「……はい」


 どうしてこうなった。このセリフを言うのは俺の方では無いような気がするのだが、諸君はどうお考えだろうか。


 こうして俺は、めでたくこの国のお姫様と婚姻関係を結ぶこととなった。別れ際にローザは「手紙を必ず書きますわ」と宣言した。

 手紙くらいなら何とかなるだろう。我が貧乏男爵領に遊びに来るよりはよっぽどマシである。何せ、何もないからね。オラこんな男爵領嫌だ~と言って出て行くかも知れない。それはそれで良いのかも知れないが。


 俺はそれを了承し「筆不精ですが、できるだけお返事を書きます」と社交辞令を述べておいた。遠距離恋愛でなあなあな関係になれば、そのうち俺のことなど忘れてくれるだろう。

 全て時が解決してくれる。俺はそう信じてる。そのためにも、帰ったら明日のために寝るぞ!

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