第11話 side伯爵家

 ここは首尾良くデュークを追い出すことに成功したと思っているトーデンダル伯爵家の執務室。そこには一人の男、デュークの父親のトーデンダル伯爵が頭を抱えていた。

 長男のデュークを追い出し、自分の愛する第二夫人の子供が家を継ぐことが決定し、今頃は喜んでいるはずだった。

 

「たった一ヶ月、たった一ヶ月でこのありさまか! どうしてこうなってしまうのだ。私の計画に穴はなかったはずだ」


 デュークが廃嫡されればハイデルン公爵家との繋がりが無くなることは十分に承知していた。そのため、ハイデルン公爵家から仮の形で雇用していた人員については、伯爵家に残れば手厚い手当を保証することを約束していた。

 それなのに。

 公爵家が手を引くと同時に、公爵家から借りていた人員の全ての者が伯爵家から去って行った。


 数年前まで、トーデンダル伯爵家は子爵家であった。それが伯爵になったのは他ならぬハイデルン公爵家と婚姻を結んだからに他ならない。トーデンダル家では政略結婚を行ったのだ。

 一方のハイデルン公爵家では、デュークの母親リディアの希望によりその婚姻を認めることにしたのだった。ようはリディアの一目惚れであった。リディアに男を見る目がなかった、と言えばそうなのかも知れない。

 しかし、恋は盲目。その日が来るまでそのことに気がつかずにこの世を去った。


 運に恵まれたトーデンダル家は飛び上がらんばかりにそれを認め、ハイデルン公爵家の後ろ盾によって伯爵へと上り詰めた。しかし、子爵と伯爵の間には大きな隔たりがあった。

 急激に支配する領地と権力が増大したトーデンダル家では人手も経験も不足していた。それを見かねたハイデルン公爵家が自分の領地から使える人材を伯爵家へと貸し出したのであった。


 それが全員一斉に引き上げたのだ。当然、伯爵家は領地運営が回らなくなった。子爵時代からいる人員だけでは経験不足であり、上手く運営することができない。

 しかも悪いことに、将来的にデュークを廃嫡することを想定していたトーデンダル伯爵は、ハイデルン公爵家が手を引いても公爵家から来た人員が残るように、そちらを手厚く優遇していた。


 それに反発した子爵家時代からの人員は、伯爵家からすでに去っていた。もちろん去って行ったのは、次の働き口に当てのある優秀な人材ばかりであった。

 こうして伯爵家に残されたのは、伯爵になったときに大量に雇い入れた数合わせの無能な人員ばかりであった。

 当然その者達では領地の運営は回らなかった。


 そしてたった一ヶ月でその歪みが生じ始めたのだった。現に執務室の机の上には大量の処理しきれない書類の束が山のように積み重なっていた。その山を片付けてくれる者も、共に手伝ってくれる者もすでにいない。

 頼りにしていた右腕は「デューク様を廃嫡するのはやめろ」と言ったことを無下にされたことに腹を立て、早々に伯爵家に見切りをつけて去っていた。


「どうしてこうなった……」


 頭を抱えて呟いたが、その問いに答えるものは誰もいなかった。

 領地運営が上手くできなければ貴族の間では笑いものにされる。さらには伯爵に任命した国王陛下から伯爵位を取り上げられる恐れもあった。


「だが息子のアルフォンスが成人すれば。あと二年持ちこたえれば、同じ歳の王女殿下と婚姻関係を結ぶことができる。そうなれば伯爵家は安泰だ。同年齢の者に、我が伯爵家よりも上の地位の者はいない。間違いなく降嫁先として我が伯爵家が選ばれる。もしかすれば、伯爵の上も目指せるかも知れない」


 取らぬ狸の皮算用。トーデンダル伯爵はその日が来る、きっと来る、と確信していた。

 まあ、そんな日は永遠に来ないのだが。

 

 彼はまだ知らない。トーデンダル伯爵家が破滅フラグを立てており、破滅に向かってまっしぐらに突き進んでいることを。

 着実にその日は近づいているのであった。

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