第9話 王都で嘔吐

 ハイデルン公爵家に着くと、俺はすぐに服を着替えることになった。それはセバスの奴が、なな何と「着ていく服が無いので何とかしてくれ」と言う手紙を閣下に送りつけていたからなのだ。

 祖父に服を無心するって、どうよ? 一貴族として何だか恥ずかしいお願いのような気もしたが、それが事実なので仕方が無い。国王陛下に謁見しても問題ないような上等な服を買うお金は持ち合わせていないのだから。

 何せ俺の男爵領は、お金もねぇ、服屋もねぇ、宿屋もねぇ、飯屋もねぇ、鍛冶屋もねぇ、酒屋もねぇ、劇場もねぇ、ギルドもねぇ、馬車もほとんど走ってねぇ、の無い無い尽くしなのだ。あるのは見渡すばかりの畑と牧草地のみである。あ、最近はため池と水路もできたか。

 この木なんの木はまだ見つかってない。何せ名前も知らない木なのだ。見つけるのも容易ではない。

 それにしても……。


「閣下、少し派手過ぎではないでしょうか?」


 俺は必要なのかどうかも分からないフリフリがたくさん付いた、見るからに高価な服を着させられていた。いや、服を用意してもらった手前、文句を言えるような立場ではないが、何でどこかの王子様のような服装になっているのか。白いタイツが恥ずかしい。俺、これでも十五歳だよ? 何でリボンの騎士みたいになってるの?


「良く似合っているぞ。これで国王陛下達に会っても失礼にはあたるまい」


 うんうんと満足そうに頷く閣下である祖父。

 国王陛下達? どうやら爵位をもらう時には国王陛下以外にも重要な人物がそばにいるようである。王妃様とか宰相とか騎士団長とかかな? 確かにそれならありえるな。

 

 一番嫌なパターンは他の高位貴族が左右に並んでいて、品定めされるシチュエーション。想像しただけで寒気がする。

 似ている。あのキャンプファイヤーの日に、一緒に踊る男子を品定めする女性達。あの時の光景に、似ている。

 まあ、閣下が選んだ人物に口出しするような輩がいたら、即刻叩き潰されるだろうけどね。物理的に。お前の家が滅亡するまで殴るのをやめないッ! とか、本気で言い出しそうで怖い。

 チワワのような顔をしているが、牙を剥くと怖いのだ。そのことをついこの間知った。


 こうして準備が整った俺達は、何十人もの従者を引き連れて一路王都へと向かった。その光景は、まるで参勤交代をする大名行列のようだった。あ、領民達が「ハハァー」ってなってる。


 閣下と共に乗る馬車の中では必然的に俺の話になった。ゆとりのある馬車だが、逃げ場所はどこにもなかった。だからと言って、狸寝入りができそうな雰囲気でもない。


「セバスから聞いたぞ。たった一ヶ月で随分と土地と人口を増やしたそうだな」

「人々が困っているところにつけ込んだだけですよ。時期が悪ければこうは上手くいかなかったでしょう」


 ハハハこやつめ、と祖父が笑う。セバスは定期的に俺に内緒で祖父に手紙で知らせているのだろう。つまり、俺がやったことは全て筒抜けと言っても良いだろう。俺から言わせると、セバスは公爵家のスパイである。


 いや、だが待てよ。筒抜けということは、俺がピンチになった時には手を貸してくれるのではないか? つまり、真面目に領地運営をする必要はないのでは……?

 うん、きっとそうだ。新米男爵ごときが何の予備知識もなく領地を運営することなど不可能なのだ。やっぱ無理! と言ってもきっと許されるだろう。

 よしよし、これで大分肩の荷が下りたぞ。俺がダメでも代わりはいるもの。


「デュークよ、人手が足りなくなっているのではないか? 実はな、公爵家で人手が余っていてな。何人かお前のところで雇ってもらえるとありがたいのだが」

「それは願ったり叶ったりですが、その、あの、賃金の支払いが……」


 ハッハッハッハと笑う祖父。


「心配することはない。領地運営が軌道に乗るまで、公爵家で賃金の支払いをしよう」

「あ、ありがとうございます」


 おかしい。話が美味すぎる。これは罠だ。絶対に何か裏がある。だが目の前に出された唐揚げは美味しそうだ!


 それにしても、何で人手が余っているんだろうか。何か事業に失敗したのかな? そんな話聞いた覚えはないのだが。そもそも領地の運営に定評があるハイデルン公爵家が失敗などするはずがないのだ。これには絶対何か裏がある。

 だが、失業者がいるのは間違いないのだろう。善良な市民を路頭に迷わせるわけにはいかない。罠かも知れないが、その人達の暮らしを守るためなら仕方がないか。

 ここは清水の舞台から飛び降りることにしよう。願わくば、どうか落ちた先が地獄の一丁目ではありませんように。


 こうして俺は新たに優秀な人材を確保するべく、閣下から渡された履歴書を受け取った。

 そしてガタガタと揺れる馬車の中でそれを見ていた俺は、見事に気分が悪くなった。


「セバス、どうやら俺はここまでのようだ」

「デューク様! しっかりして下さい。王都はすぐそこですよ」

「もう無理……」


 あともう少しで王都と言うところで、俺は嘔吐することになった。

 揺れる馬車の中で読み物をしてはいけない。デュークお兄さんとの約束だよ。

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