第8話 不幸の手紙
俺は前世で、魔法使いは愚かすでに賢者であった。それも、あと少しで大賢者に手が届く、というところまで到達していた。おそらくはそのために、今世で魔法は得意だった。例えるならば、見ただけで余裕で波動拳を打てるようなものである。
一方で、武芸は全く駄目だった。前世でろくな運動をしてこなかったせいだろう。部活はもちろん帰宅部だ。
だが、今世には魔法がある。魔法があれば、どこぞの英霊を憑依させて剣術で無双することも、誰よりも怪力になることも、誰よりも速く走ることもできた。一生かかっても追いつけないだろう。
そんな俺の今世での目標は「魔法使いにならないこと」である。この目標が叶うかどうかは「神のみぞ知る」と言ったところだろう。だがね、やってみるさ。
そんなどうでもいい決意を固めながらも、今日一日が始まる。俺はいつものようにダイニングテーブルに腰掛けた。
「イーストン男爵様、水路と畑の拡張工事の陳情書が届いております」
辞める気満々だったバジーリオは、何故か今でも俺の左腕のように働いており、村人達からの陳情書を差し出してきた。
どうしてこうなった。こんなことなら水不足など放っておけば良かった。
男爵としてこの地に着任してからおよそ一ヶ月。俺の仕事は無くなるどころか着実に増えつつあった。
夏休みの宿題はあの日まとめて終わらせたはずである。なのに何故おかわりがくるのか。椀子蕎麦のように次から次に差し出される仕事にウンザリしながらも、無視しておくわけにはいかないのでザッと目を通す。この椀子蕎麦の致命的な欠点は、終わりを告げる蓋がないところである。永遠に椀子蕎麦をお椀に入れられるのだ。たまったものではない。
あれから男爵領には日に日に人が増えていた。安定した水源に加えて、水路によって畑まで送られてくる水。そのような耕作に適した環境を整備したことで、水不足によりスーパーピンチに陥っていた周辺の村々から人々が集まって来ているのである。今ではすっかり村ではなく町になっていた。
しかし、村から町に昇格したところで、新しい施設が建造可能になることはなかった。市長の家は相変わらずの大きな牛舎であった。
あの涸れかけた川の水位は未だに戻っていない。不審に思って調査をしたところ、どうやら上流の山では巨大なウッドタートルが水を吸い上げており、そのせいで川の水量が落ちているそうであった。そう、関係ないね。
俺が渋い顔で陳情書を見ていると、何やら慌てた様子でこちらへ来る人物が。
「デューク様、閣下より手紙が届いております」
俺の右腕セバスが公爵家の封蝋が施された手紙を差し出した。
うん。凄く中身を確認したくない。開けずとも分かる。これは不幸の手紙だ。中にはきっと「この手紙を十人の人に出さなければ呪いが――」とか書かれているに違いない。
今すぐこれを燃やしたい。しかし手紙には閣下の名前がしっかりと記載されている。これは開封するしかないだろう。でなければ閣下に、蝋人形にされてしまうかも知れん。
俺はセバスからペーパーナイフを受け取ると、シュバっと封を開き、ザッと目を通した。
「うーん」
「閣下は何と?」
俺は手紙をそのままセバスに渡した。それを見たセバスは慌て始めた。
「急いで準備をせねばなりません! 国王陛下に謁見するのに、今着ている服では失礼にあたります」
「でも、これより立派な服は持ってないよ?」
田舎の貧乏貴族である。当然立派な服など持ってはいない。
セバスは「私に全てお任せ下さい!」と力強く言うと、何やら慌てて部屋を飛び出して行った。
手紙には「正式にイーストン男爵になったことが受理されたので、国王陛下に男爵位をもらいに行かなければならない」というようなことが書いてあった。
面倒くさいが、ここでごねて祖父に蝋人形にされる、じゃなくて機嫌を損ねるのは良くないだろう。男爵領の領地の人口が一気に増え、一手が足らなくなってきていることは確かだ。何とかご機嫌を取って優秀な部下を手配してもらうことにしよう。そうすれば、俺の仕事も無くなるはずだ。
椀子蕎麦が永遠にお椀に入れられるのなら、それを食べてくれる人物を探せばいいのだ。求む、フードファイター!
そう思うと、何だか王都に行くことは良いことのように思えてきたぞ。国王陛下に会うのも、爵位をもらうための形式的なものに過ぎないはずだ。
国王陛下も忙しい。たかが男爵ごときに、大した時間を割くこともなかろう。せっかく行くのだからついでに王都を見学してから帰るとしよう。もう二度と行くことは無いだろうからね。
こうして俺とセバスは俺の左腕バジーリオに「後は任せた」と言って、一路、ハイデルン公爵家へと向かった。どうやら祖父も一緒に行くことになるらしい。それもそうか。俺を男爵に任命したのは祖父だからね。一応任命責任と言うのがあるのだろう。
それにしても、だ。これでバジーリオに領地の運営を任せられるのなら、もう任せきりでも良いんじゃないかなぁ。ウッフッフ、いいぞ~これ。凄くイイ!
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