第7話 新米男爵の日常

 一通り領地を回った。うん、言うまでもなく、ここは村だ。街でも町でもなく、マジで村だ。小さなヨーロッパ風の田舎町。それがこの場所にはピッタリの表現だった。

 主要な産業は農業。チラホラ放牧を行っている人の姿も見えるため、食べ物には困らなそうである。もちろん、危機的な状況に陥りつつある水の問題を何とかすることができればの話だが。

 水不足で畑が全滅したら領民達の食料の危険が危ない!


「あの辺りがいいね。あそこに連れて行ってくれ」

「承知しました」


 セバスが御者に指示を送る。俺が指定した先は小高い丘になっており、ここにため池を作れば、水路を畑に引くだけで勝手に水を送り込んでくれるだろう。自由落下は偉大なり。実に素晴らしい自然現象だ。さすがはニュートン先生。目の付け所が違う! この俺のようにな!

 

 俺達は木がまばらに生えた丘にやって来た。ここからは村が一望できて、なかなか良い眺めである。ため池のそばに、この木なんの木でも育てて村のシンボルにしてもいいかも知れない。


「一応聞くけど、ここは誰の土地になるのかな?」

「誰の土地でもありません。強いて言えば、イーストン男爵様の土地かと……」

「そうだろう、そうだろう」


 うんうんと頷く。実に納得のいく答えだ。そう。この辺りの土地は全て俺の土地だ。よって多少地形をいじっても、それは俺の自由である。

 

 その返事を聞いた俺は気兼ね無く地形を変えることにした。自然破壊は良くない? 周りを良く見たまえ。自然ばかりではないか。


 魔法はイメージ。魔法を使うのに必要不可欠な魔力は俺の中の魔力だけじゃ絶対に足らない。だから、この大自然からほんのちょっとずつ魔力を集めることにする。

 大自然のみんな、オラに魔力を分けてくれ!


 俺は足を大きく一歩踏み出した。ムンズとな。その瞬間、俺がイメージした通りに目の前の景色が地響きを上げながら一変した。目の前にはポッカリと大きな穴が空いている。底抜けダムならぬ底抜けため池にならないように、周囲の地盤も水を通しにくい粘土質に変えておくことも忘れない。


 突然目の前に出現した地獄の門(仮名)にあんぐりと口を開ける初老二人組。今考えると腰を抜かさなくて良かった。ちょっと考えが足りなかったかも知れない。


「ため池はこんなもんかな? まあ足りなかったら後でまた拡張すればいいか。土地は死ぬほど余っているしな。この辺全部俺の土地だし。それじゃ、ちょっと下がろうか」

「下がる? 今度は何をなさるおつもりですか?」


 いまだに正気を失っているバジーリオとは対照的に、早くも正気に戻ったセバス。魔法耐性があるだけ復帰も早かったようである。さすがはセバス。有能だな。


「今から雨を降らせるからさ。濡れると風邪を引くかも知れないじゃん?」


 は、はぁ……? と何とも腑に落ちないような声を出すセバスと、意識不明のバジーリオを馬車のところまで押し戻した。御者は何かありましたか? といった様子でこちらを見ている。


 さてと、これだけ離れておけば大丈夫かな? 俺は雨を降らせるべく準備に入った。雨を降らせるために雨乞いをしたり、カッパの頭を捧げたりする必要は全くない。全て魔法が解決してくれる。ここはそんな世界だ。

 大自然のみんな、以下省略!


「大雨(スコール)!」


 雨を降らせる魔法はすでに研究され存在していた。それならば、すでに知られている魔法を使った方が高齢者を驚かせることもないだろう。これ以上刺激が強いと本当に腰を抜かすかも知れない。これでも俺は高齢者には優しいのだ。


 眼前では滝のような雨がため池周辺に降り注いでいる。

 避難しておいて良かった。ありゃ修験者が打たれる滝そのものだ。この魔法、スコールじゃなくて、ウォーターフォール(滝)の方が合ってるんじゃないかなぁ?


 数分後、そこには水を蓄えた元気なため池の姿があった。重畳、重畳。あとは畑までの水路を敷設すればオーケーだ。思った通り楽勝だったな。それじゃ、今日中に作業を終わらせるべく、移動を開始するか。

 ため池だけあってもどうしようもない。畑まで水路を作ってこそ、真価を発揮するのだ。


「あれ? セバス君? バジーリオ君? こりゃダメだな。仕方がない。御者の君……もダメそうだね。これはみんなが目を覚ますまで待つしかないか」


 三人とも白目を剥いて意識を失っている。しかし、そうしている間にも時間は刻一刻と過ぎてゆく。待ってなどいられない。俺は一人でも領主としての勤めを果たすぞ。

 俺は三人をその場に放置して馬車から馬を拝借すると、それに跨がって鞭を打った。鞍がないので非常に乗りにくいが、我が儘を言ってはいられない。その辺は魔法で何とかしよう。


「ハイヨー、シルバー!」


 俺に鞭を打たれた馬は「自分、そんな名前じゃないんだけど……」という顔をこちらにチラチラと向けたが、細けぇことはいいんだよ! 俺が優しく指示を出すと軽快に走ってくれた。

 その甲斐あって、日が暮れる頃までには無事に村中の畑に水路を敷設することができた。よしよし、これで一生分の仕事は終わったな。俺は意気揚々と白目を剥いた三人が待つ小高い丘へと向かった。

 三人はまだ白目を剥いたままだった。ビンタすれば正気に戻るかな……? 目を覚ませ!


「ゴスペラ!」


 三人は無事、正気を取り戻した。

 そして俺がその間に村の畑中に張り巡らせた水路を見て、再び白目を剥いた。その姿はあるあるを言った後のお笑い芸人のようであった。

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