第5話 思い出のルビー
なし崩し的に男爵になった俺。まさか祖父がそんな切り札を持っていたとは誤算だった。さすがは閣下、汚い。悪魔的な行いをすることには長けている。
その後も俺は最後の抵抗とばかりに、しきりに「私よりも、ハイデルン公爵のお子に爵位をあげて下さい」と申し出たのだが「遠慮はいらん」と聞き入れてもらえなかった。
頑固だ。俺の頑固さは祖父譲りだな。だが絶対に諦めないぞ。
閣下では埒があかないと叔父のハイデルン公爵にも進言したのだが「亡き妹に何かしてあげたいと思っていたのだ。遠慮無く受けるといい」と言われた。どいつもこいつも分かってない! 俺はついに諦めるしかなかった。
適当にやってれば男爵を辞めさせられるかな? いや、無理だ。俺の右腕としてセバスがついている。セバスは今でこそ俺についているが、その統治能力はSクラスだとお母様が話していたのを聞いたことがある。Sクラスがどの位の性能を持っているのか分からないが、奴なら俺が何もしなくても立派に領地を統治するだろう。
オワタ、俺の人生プランは破綻した。目の前がイカに墨を吐かれたかのように真っ黒になった。
ここ一番の大合戦に敗北し、落ち武者のようになった俺は懐からある物を取り出した。
「閣下、これをお返し致します」
それは大きなルビーのような真っ赤な宝石がついたペンダントトップだった。お母様が殺された日、お母様が俺に託してくれたものだ。本当は勘当されてから渡すつもりだったが、もう今でいいだろう。今出さないと永遠と俺が持つことになりそうだ。
お母様の大事な形見ではあるが、その昔、これがハイデルン公爵に代々伝わる大事なものであることを聞いていた。正式な継承者としてハイデルン公爵家に返しておくのが筋だろう。
「こ、これは……! デューク、これをどこで?」
「お母様が死の間際に私に託して下さいました。そして「必ず父に届けてくれ」と……」
ウッ、ウッ、俺は嗚咽を堪えるように極めて悲しそうに言ったが、最後の言葉は嘘である。そうでも言わないと「いや、お前に託したんだから、お前が持っていなさい」と突き返されそうで怖い。
閣下は何を考えているか分からないし、どんな切り札を持っているかも分からない。前回の荷の轍を踏まないように、万全の策で臨んだ方がいいだろう。
だが、俺の予想に反して祖父はそれを見て固まっている。その目は飛びださんばかりに見開かれている。大丈夫かしら?
「セドリック、セドリーック!」
突然、大音量で祖父が叫んだ。ちなみにセドリックは叔父さんの名前である。セドリック・ハイデルンがハイデルン公爵の正式名称である。
祖父の叫びに慌てて叔父さんが駆け込んできた。髪を振り乱したその様子は、まさに落ち武者のようだった。
一体どうしたと言うのか。そんなに価値のあるものだったのかな? 返却しておいて良かった。
「そんな大声を出して、一体どうしたのですか?」
「そんなことよりもこれを見ろ! デュークが持っていたものだ」
「これは……! 探していた「思い出のルビー」じゃないですか!」
何、思い出のルビーって? 初めて聞いたんだけど、何だか凄く悪い予感がするぞ。ここは三十六計逃げるに如かず。あばよ!
「それでは私はこれで失礼して――」
「待ちたまえ」
グワシと閣下が俺の肩を鷲づかみにした。
ですよね。許されないですよね。何か凄く盛り上がっていましたもんね。俺、胃薬もらってきてもいいですかね?
「デューク、よくぞこれを無事に持ち帰って来てくれた。これでリディアの死の真相が分かるかも知れん」
うわぁ、もしかしてだけど、俺、伯爵家にとっての「シルバーブレッド」を持って帰って来ちゃいました? ちなみにリディアは俺のお母様の名前である。
すでに祖父と叔父さんの目が射殺さんばかりの目つきになってる。さっきまであんなに蚊も殺せないような、ご主人様を玄関で出待ちするチワワみたいな優しい目をしていたのに。
「このルビーは特殊な力があってな。所有者の魔力を吸って、その者が見た物を記憶することができるのだよ。これを使えばリディアが見てきたものを知ることができる。襲撃してきた奴らが誰なのかもハッキリするだろう」
うっわ! それはヤバい。ゲロマジヤバい。それって、俺がつい先日起こした「ドキドキ! 子爵令嬢救出事件」も記憶されてるってことじゃないですか、ヤダー!
さすがに形見をその辺に転がしておくわけにもいかず、伯爵家を出てからは肌身離さず持っていたんだよね。まさかこんなことになるだなんて。知ってたら返さなかったのに! 部屋のゴミ箱にシュートしておいたのに。バカバカ、俺のバカ!
「このルビーから記憶を引き出すのには時間がかかる。だが、必ず真相を突き止めよう。約束する。だからデュークも、安心して知らせを待っているといい」
全然安心できねー! 今からでもそれ、返してもらえませんかね。え? ダメ? そんなぁ。何でお母様はそんな大事なことを俺に言ってくれなかったんですか!?
「ハッ! ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。権力者には逆らえない。前世からのサガである。
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