第3話 遭遇

 なるほど、地下室に姫君は囚われているのか。これは実に都合がいいぞ。思わずニヤけてしまった。慌てて周囲を見渡したが、この場所は街の中でも中心部からは離れており、それほど多くの人は行き来していなかった。


 よし、穴を掘ろう。そうすれば誰にも見つからずに攫われた姫君を助けに行くことができるはずだ。時間はまだ昼前。今すぐ誘拐事件を解決すれば今日中にこの街を出発することもできるだろう。待ってろよ自由。今すぐ行くぞ。


 地下室の位置を確認すると俺は人気の無い裏路地へと入った。この位置からならすぐに地下室へのトンネルを開通するができるだろう。某警部もさぞかしビックリすることだろう。


 俺は魔法で一気に穴を掘った。帰りに通路で躓かないように明かりの魔法も忘れない。作業時間わずか三分。カップラーメンが出来上がるほどの速度で地下室の壁までたどり着いた。あとはこの目の前にある石造りの壁を破壊するだけである。


 慎重に索敵魔法で壁の向こうを確認した。どうやらお姫様だけのようである。もし他に見張りがいたら子守唄の魔法で眠らせようかと思っていたのだが、その必要はなさそうだ。俺は音を立てないように極めて慎重に石の壁を切り取った。

 俺の気配に気がついたのだろう。俺に背中を向けていたご令嬢が何ともなしに振り返った。そして、目と目が合った。


「え……」

「シッ! 助けに参りましたよ、麗しき姫君」


 素早く駆け寄り、手で子爵令嬢の口を押さえると、取りあえずウインクをしておいた。こうすればどんな女性もイチコロだ。自分で言うのもなんだが、この顔は随分と注目を集めるほどの甘いマスクをしているのだ。

 

 ご令嬢の顔は真っ赤に染まった。効果は抜群だ。そうだろう、そうだろう。イケメンに生まれてきてよかった。その点だけは父親に感謝するとしよう。

 ご令嬢の口を塞ぎながら入って来た壁の方を指差した。そこにポッカリと空いた穴を見て、ご令嬢の大きな目がさらに大きく見開かれる。目が飛び出そうだけど大丈夫かな?


 それだけで全てを察してくれたようである。ご令嬢は黙って俺に付いてきてくれた。俺が連れ去った証拠が何一つ残らないように、壁もトンネルも元の通りに戻しておくことも忘れない。完全犯罪者もビックリだ。誰も俺が穴を掘ってやって来たとは思うまい。このご令嬢以外は。ご令嬢は俺が手早く魔法を使って証拠隠滅を図っていることに大変驚いているようである。目を白黒とさせていた。


「ここまで来れば大丈夫。危ないところでしたね。早く宿へと戻りなさい。そして犯人達がこの場所に居ることを伝えるのです」


 俺は未だに小動物のように震えるご令嬢に優しく、極めて紳士的に言った。その言葉に一瞬ご令嬢の顔が曇った。

 

「あの、あなた様は一緒に来ていただけないのですか?」

「申し訳ありませんマドモアゼル。私はまだやるべきことがありますので――」


 そう言って近くの衛兵にご令嬢を預けると、一目散にその場を後にした。風のように速く、林のように静かに。誰かに見られるなんてとんでもない。こんなにヤバい場所なんて、スタコラサッサだぜ。

 後ろから「え? せ、せめてお名前を!」と言う声が聞こえたが、俺には何も聞こえなかった。目立ちたくない俺はクールに去るぜ。


 何事もなかったかのように宿に戻ると、無事に帰ってきた俺を見てセバスは安心したようだった。さすがのセバスも俺が一仕事を終えて帰ってきたとは夢にも思うまい。

 

 しばらくすると、お世話になっている商隊の面々が戻ってきた。どうやら行方不明者が見つかったという話が伝わったようである。彼らの話を盗み聞きすると、さっき俺達がいた街外れの住宅地で衛兵が犯人一味を捕まえたという話をしていた。重畳、重畳。これですぐに出発できることだろう。


 その後、予想通りに街を出発することができた。商隊を手配している商人は俺にしきりに頭を下げてきたが「次からは同じことをしないように」と釘を刺しておくだけに留めた。今の俺には何の力もないからね。

 それよりも早く祖父が待つ領地へとたどり着きたいものだ。

 何事もなければ、ここから後五日ほど進めば祖父の待つ公爵家へとたどり着けるはずだ。俺はこれがフラグにならないことを心から願った。

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