第2話 誘拐事件

 伯爵家を追放されて三日目。俺達を乗せた馬車はリゾート地として有名な街へとやって来ていた。もちろん遊びに来たわけではない。最短距離で公爵領へ行くにはどうしてもこの道を通らなければならないのだ。

 

 この街には大きな湖があり、そこが観光名所となっている。季節によってはお忍びで王族も来ることがあるとか無いとか聞いたことがある。初夏の今の時期は緑が鮮やかで、爽やかで、この湖を訪れるには最高のシーズンだった。

 

 もしかして、王族なんかが来ていたりして? まぁそんなわけがないか。王族が来ていたらこんなに静かなはずがない。もっとリオのカーニバルのようにジャンジャンバリバリと賑わっているはずだ。


 リゾート地に到着した翌日、このリゾート地で観光することもなく、俺達はいつものように朝早くから街を出発する準備を始めていた。俺達の長い旅路はまだ始まったばかりなのだ。こんなところで足踏みしているわけにはいかない。今すぐ出発して次の街を目指そう、と思ったのだが何やら外が騒がしい。どうやら何かあったようだ。

 首を傾げながら出発の準備をしていると、困った様子でセバスが部屋に戻ってきた。

 

「何かあったのか?」

「はい、どうやら昨日の晩に人攫いが起きたようでして、ちょっとした騒ぎになっているようです」

「そうなのか。それは大変だな。それで何で俺達は出発しないの?」

「それが、我々が同行させてもらっている商隊が「捜索に参加するので今日は出発できない」と言っておりまして……」


 セバスも困惑しているのだろう。父親からもらったお金にも限界がある。日がかさめばかさむほど旅程が厳しくなる。俺の持っている宝石類を売り払えば何とでもなるのだが、独り立ちする前に切り札を切りたくはなかった。よく考えよう。お金は大事。


「それで出発することができないのか。さてはそいつらお金に目が眩んだな?」

「おそらくそうでしょう。ここから先の街道は森を抜ける場所がいくつもあります。危険なので我々だけで出発することはできません。申し訳ありませんが、事態が動くまでお待ちいただきますようにお願いします」


 そう言ってセバスは申し訳なさそうに頭を下げた。別にセバスのせいでもないのに。

 そうなっては仕方がないか。個人的には森の中で魔物や盗賊に襲われることくらいどうにでもなる。魔法で殲滅すれば良いだけなのだから。

 俺達だけで先に進んでもいいのだが、まだセバスには本性を見せるわけにはいかない。ここは我慢だ。

 

 今日一日は暇になってしまった。部屋に籠もっていてもカビが生えてきそうなので、暇つぶしにこの事件に頭を突っ込んでみることにした。

 今にして思えば、これがいけなかった。



 軽く情報収集すると、攫われたのは子爵家のご令嬢という話だった。何でも由緒ある子爵家のご令嬢であるらしく、かなりの人数が捜索に当たっているようだ。

 この湖のすぐ近くには森がある。そこまで危険な森ではないのだが、そこに連れて行かれたとなれば捜索は困難になる。そのため、多くの人数が森へと捜索に向かっているようだった。


 俺は子爵家が宿泊していた宿へとやって来た。昨晩ここから連れ去られたらしい。

 見たところ随分と立派な宿であり、おそらくこの街でも一、二を争うほどの高級宿だろう。俺が泊まっている宿とは大違いだ。

 そうなると、当然警備も厳重である。普通に考えれば、それを掻い潜って人攫いを行うなど不可能だ。誰かが手引きでもしない限り。


 俺は宿の従業員達に適当に話しかた。大変なことになってますね、とか何とか言って。そしてその中の一人が、俺の質問に対して挙動不審な態度をとったのを見逃さなかった。

 伊達に十年もの間、殺されないように他人の顔色をうかがいながら生きてきたわけではない。その間にどんなに小さな表情の変化も見逃さないという特殊技能を身につけていたのだ。


 俺はすぐにその従業員を宿屋の裏へと連れ出した。そして尋ねた。


「お前が犯人か? 俺は気が短い。素直に吐いた方が地獄を見なくて済むぞ?」


 右腕に赤と黒の入り交じった炎を出現させた。禍々しいその炎はあっという間に気の弱そうな男の心をへし折った。


「木を隠すには森の中、人を隠すには人の中ってか」


 そいつの話によると、どうやら街中に潜伏しているらしい。そいつはどうやら脅されて協力したようだが、それ以上の恐怖によって俺が上書きした。

 うーん、恐怖による支配というのも良いかも知れない。力こそパワーだ。


 そんなこんなで子爵家のお姫様を隠している建物へとやって来た。ざっとその建物の周囲をぐるりと一回りしてみたが、当然見張りが徘徊しており、良く見ると窓から何人かの男が外をチラチラと見ては警戒している。

 周囲の人影もまばらで、ここならば夜な夜な人を連れ去って来ても見られることはないだろう。

 さてどうするか。取りあえずお姫様はどこかな? 俺は誰にも気づかれないように、こっそりと周囲に索敵の魔法を展開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る