無能を装って首尾良く廃嫡されたけど、何でこうなるの!? ~今更戻ってきて欲しいと言われてももう遅い。冒険者王に俺はな……え? なれない? 何で!? ~
えながゆうき
第1話 廃嫡
いよいよだ。いよいよ待ち望んだそのときがやって来た。俺は遂に自由への翼を手に入ることができるのだ。
俺は伯爵家の自室で一人ほくそ笑んでいた。すでにお母様の遺品である宝石類、ナイフ、ランプは鞄に詰め込み準備は万全だ。手ぬかりはない。廃嫡と言われた瞬間に、いつでもこの無限の世界へと飛び立つことができるのだ。
この国で成人として認められる十五歳になったその日、俺は父親であるトーデンダル伯爵に執務室に来るように呼び出された。
本来の伯爵家嫡男であれば盛大な成人を祝うパーティーが行われるはずだが、その気配は全くなかった。聞くところによると「少し時期をずらす」と言っていたようであるが、その気がないことはハッキリと分かっていた。
「デューク、あなたは生きなさい」
それがお母様が残した最後の言葉だった。
お母様は暗殺された。そのとき俺も一緒に殺されるはずだったが、お母様が施してくれた守りの魔法によって九死に一生を得た。そしてその衝撃で俺は自分の中に眠っていた前世の古い記憶を取り戻していた。
お母様を亡くした俺が生き残るには無能を演じるしかなかった。ここは敵の腹の中なのだ。殺そうと思えばいつでも殺せる。殺されないためには「自分が無害である」と言うことを証明しなければならない。
そのために今の俺にできたことは、自分が取るに足りない人物であることを証明することだけだった。学問も、剣の鍛錬も、魔法の練習も、全てから逃げ出した。そして我が儘放題に振る舞った。
父親はそれを一切とがめずに黙認していた。父親は俺にこの家を継がせたくなかったのだ。父親は第二夫人を溺愛しており、その子供に後を継がせたかったのだ。
俺達を暗殺しようとしたのはおそらく父親であろう。だが、何も証拠はなかった。何せこの事件を調査したのが他ならぬ父親だったのだから。証拠など出てくるはずもなく、まともに調査したかも怪しかった。
そのことに疑問を唱える人物もいた。お母様の父親、つまり俺の祖父である。娘を溺愛していた祖父は再三疑問を呈したようだが、結局は全てが闇に葬られることになった。父親が祖父の不評を買ったのは言うまでもない。
あれから十年。俺が十五歳の成人を迎えたときに、狙い通り父親は俺を廃嫡してくれた。執務室には後見人のためなのか、第二夫人とその息子の他に、この屋敷の主だった使用人達が勢揃いしていた。執務室のテーブルの上には一枚の紙が置いてある。
それを前にして父親は残念そうな声色で言った。口角が上がりそうになっているのを必死にこらえているのが手に取るように分かった。
「デューク、お前のような無能者にこの伯爵家を継がせるわけにはいかない。今日限りでお前を廃嫡とする。この証明書に名前を書け」
俺は反論することなく名前を書いた。それにはちょっと驚いた様子を見せたが、無事に名前が書き終わると満足そうに微笑んだ。
「私も鬼ではない。お前の身柄はひとまずお前の祖父であるハイデルン閣下に任せるとしよう」
計画通り! 俺は父親に気がつかれないように下を向いて微笑んだ。これで俺は自由へとまた一歩近づいた。ようやくこの「いつ暗殺されるか分からない」という重圧から解放されるのだ。後は祖父のところへ行って、
「お前には愛想が尽きた。これを持ってどこへでも好きなところへ行くがいい」
とか何とか言われて、いくらかのお金をもらって屋敷を放り出されればミッションコンプリートだ。前世の記憶を取り戻してからはや十年。庶民出の俺には貴族生活など最初から無理だったのだ。
予めまとめてあった鞄を背負うと急いで外へ出た。お金になりそうな私物や遺品を全部詰め込んだが、それでも背中に背負えるくらいの量だった。それだけで十分だった。それなのに……。
「デューク様、私も共に参ります」
お邪魔虫のセバスが付いて行くと言い張った。セバスはお母様と共にハイデルン公爵家からやってきた、言わばお母様専用の執事だった。そしてお母様亡き後は俺に付いていた。
始めこそ、俺のぐうたら生活に苦言を呈してきたが、俺がその一切を無視すると、ようやく諦めたのか何も言ってこなくなった。
俺がこの家から居なくなることで、自分の居場所もなくなったと思ったのだろう。セバスにも残りの人生がある。ここは俺が諦念するとしよう。
俺とセバスを乗せた馬車はその日の内にトーデンダル伯爵家を去った。ガラガラと音が鳴り響く馬車の中から遠ざかって行く伯爵家がチラリと見えた。俺はニヤけそうになる頬を左手の人差し指と親指で必死に押さえてこらえた。
セバスさえ、セバスさえ目の前にいなければ勝利の雄叫びを上げたのに。やはりセバスを乗せたのは失敗だったか。
それにしても、父親は俺を廃嫡した後のことをちゃんと考えているのだろうか? 公爵家という後ろ盾を完全に無くすことになるはずなのだが。もし仮に俺が父親の立場であったなら、絶対にそんな危険なことはしないんだけどなぁ。完全に自分を見失っているのではなかろうか?
まあ、今更どうなっても僕には関係ないですけどね!
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