はち。

「失礼します」

 返事の後、扉を開けるとイーシア様は手紙を置かれ、微笑まれました。


「奥様……その手紙は、ご実家からですか?」

「ええ、離縁して他の男性に嫁げと、書いてありました……」

「……」

「もう次の嫁ぎ先が決まっているそうです……、でも私は、好きでもない方へ嫁ぐくらいなら、愛されなくてもイルジオン様のそばにいたいのです、名ばかりの妻でも……」


 名ばかりの妻でも?


 ………………あ、あんのクソガキ、まぁだ伝えてなかったんかーい! ハッ! 私としたことが……。



 

 私、タマオがお仕えするイルジオン様は幼い頃より、常に人の目を気にするカッコつけーでした。

 自分を良く見せるためには努力を惜しまない方です。

 見目の良さもあり、幼い頃より異性からの視線を集めていたイルジオン様。血反吐を吐くほどの努力の甲斐あり、学業も成績は常に上位。魔術師副団長のお父上の血も濃く、術士としても学園では教師に並ぶほどの技量をお持ちでした。

 幼馴染であり、騎士団の副団長をお父上にもたれるニージオ様と共に、第二王子の傍に立つようになり、女性からの視線は憧れを持って増え、容易く触れられない存在として、観賞用の位置に着いたイルジオン様でした。

 異性からだけでなく、同性からも憧れと羨望の眼差しを向けられるイルジオン様。気の抜ける瞬間などありませんでした。

 強張った無表情から、“氷の貴公子”なんて、ありがちなあだ名まで付けられ本人は「いやぁああ~」と頭を抱えて床ゴロされておりましたが……。

 無表情が定着した十五歳になられる年、イーシア様と婚約を結びましたが、異性の扱いについては未経験。ろくに会話もできず、うっかり話せばボロが出ると焦られたイルジオン様に命じられ、『女性への接し方』『口説き方100選』『モテる男のテクニック』等の書籍を揃えましたが、……外ズラが固定したイルジオン様には活かせられなかったようでございます。

 学園生活十一年。女性とのお付き合いも無いまま卒業かと思われた最後の年、のちに第二王子妃となられたリリーティア様に出会われたのです。

 遠巻きに観賞されていただけのイルジオン様が初めて親しくなった異性。そりゃもう、あっちゅー間に陥落ですわ。

 その後、第二王子は婚約を破棄しリリーティア様を婚約者とし、イルジオン様はリリーティア様と第二王子の命で監視のためにとイーシア様と婚姻し、王都から離れたこの屋敷に放置。となったわけですが……。たった二年でボロが出たリリーティア様。数々の罪が明るみになり、イルジオン様もやっと、ご自分の妻の存在を思い出されたのですが、二年ぶりにイーシア様と会われたイルジオン様、あの無表情の中で瞳だけがその心を写しておりました。

 私は気づきましたよ。ベッドの下に隠された本からイルジオン様の好みはしっかり、ばっちり把握しておりますから。

 イーシア様をみつめる瞳の奥の熱に私は気づきましたわ。モロガチ、どストライクですものね!




「で? で? イルジオン様とのデートどーだったの!?」


 ニィチェル様手作りのお菓子が振る舞われるお茶の時間。身を乗り出す勢いの質問にイーシア様は、「それが……」と俯いておられます。

 前日のデートでの失態! イルジオン様からの告白を思い返し、ギリリと奥歯を噛み締めました。


「イルジオン様、すっごく素敵なの!」


 私、ふぁ? の口のままになってしまいました。


「イルジオン様、この髪飾り似合ってるって言ってくださったのっ」

 イーシア様の髪には、あの宝石店での失態の髪飾りと同じ物です。

「イルジオン様の瞳の色でしょ? ほら、あからさまかなぁーって着けて行かなかったのに……、似合うって」

「キャー!」


 頬を染めるお二人に首が傾きます。


「贈って下さったことは覚えておられなかったけど……」

「しょうがないわよね……、ニージオ様もそうだったわ……」

「ええ……」


『あんなに素敵な方なんだもの……、きっと多くの女性に、贈られるとこがおありなのよ!』


 !?!? 


 お二人の言葉に脳内処理が追いつきません。


「で、カフェどうだった!?」

「ニィチェルありがとう! おススメのガトーショコラ、イルジオン様もとっても喜んでくださったわ! でもあんなに近いなんて……、イルジオン様は異性とあんな至近距離でも慣れていらっしゃるけど、私、ずっとドキドキしてて、もう何を話したのか覚えていないわ」

 真っ赤になってイヤイヤするイーシア様に私の瞬きが三倍に増えます。

「手を繋いでたのを見たわ、とってもお似合いだったわよ!」

「やっ、そんな、お似合いなんてっ!」

 顔を覆うイーシア様。

「手は、だって、イルジオン様、エスコートが自然なんだもの、私、ずっと手の汗が気になってて恥ずかしかったのよ」

「イーシアも嬉しそうだったじゃない、もう、恋人同士にしか見えなかったわよ!」

「そ、そんな! 恋人どうしなんてっ、わ、私なんてっ」


 私は理解しました……。そう、そうでした……異性との接触がないのはイーシア様も同じだったのですね。あんな残念なイルジオン様でも行動全てにキラキラ、エフェクト追加されているのですね。なんということでしょう……。


「でも、そのコサージュも気づいてくださったんでしょ?」


 両手で包み込むのは胸にあるコサージュ! イルジオン様最大のやらかしは、イーシア様が作成したコサージュをプレゼントしたこと!


「一番似合う色ですって……」

「よかったじゃない! イルジオン様の瞳の色でしょ!」

「私勘違いしてしまいそう、似合うなんて言われたら。イルジオン様の色で作っても、名ばかりの妻の私が持っていてはいけないと店に出したのに……、イルジオン様の色を他の人が身に付けたらと思うと、胸が苦しくなったの……。でも、一番似合うこの色を付けていてほしいなんて、そんなふうに言われたら、私、イルジオン様に想われているのではな「ニィチェルーーーー!!」」


 !?


 扉を蹴り開けて入ってきたのはニージオ様です。


「もう耐えれない! オレと一緒に王都に来てくれ! 離れて暮らしたくないんだ!!」

「ニー君!! 私もずっと一緒にいたいわ!」

 ガバっと抱き合い、そのままニィチェル様を肩に担いで出て行かれました。まるっきり人攫いです。



 静かになった部屋では、イーシア様の呟きも耳に届きました。


「私、勘違いしてしまいそうです……イルジオン様」

 胸に咲くイルジオン様の色を愛おしそうに包むイーシア様。


 私、拳に力が入ります。



 お任せください。

 このタマオ、あのヘッポコのケツを叩きに行ってまいりますわ!

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