なな。
「イ、イルジオン様っ、あちらのカフェで休みませんかっ? あの、甘みを抑えたものも置いてありますから、男性にも、人気のある、お店、なんですっ」
めっさ気ぃ使ってくれてるのが分かる。しかし、彼女のその気持ちが嬉しくて、私の心は簡単に浮上した。
外から店内の様子は伺えなかったが、ここは男性一人でも訪れることが可能な、外からは見えないように配慮された店だった。
カップル席はベンチ椅子一つのみ。つまり恋人同士も遠慮せず接近できるという、大胆な店だった。
彼女からの誘いに荒くなる鼻息を抑えるのに必死になっていたが、イーシアは真っ赤になっていた。「あの、ち、違うんですっ、あの、ニィチェルにお勧めされて、その」と、いやいやグッジョブ、ニィチェル。お土産に大福を贈ろう。
真っ赤になって縮こまっていたイーシアだったが、甘い物にだんだんと気も緩み、腕が触れてもいちいち気にしなくなっていた。私の意識の半分は触れ合った腕に集中していたが……。彼女の体温にイケナイ妄想が止まらなかった。
イーシアが私のために選んでくれたガトーショコラは、甘みと苦味のバランスが良く、素晴らしく私好みの味だった。お互いをまだ知らない間でありながらも私のために、好むものをと、気づかってくれたイーシア、いや、
「良かったです、そのケーキはニィチェルが作ったものなんですよ!」
「!?」
自分のことのように照れるイーシア。
口から出かかった“ふぁ?”の言葉はなんとか飲み込めた。
待って、待って? 私、妻の手料理の前に友の妻の手料理を食べたの? しばらく瞬きが二倍に増えてしまったよ。
内心の動揺は隠し、店を出た後は街をゆっくり散策。そして、迷子にならないようにと(私の方がな)自然と手をつなぎ、滲む手のひらの汗を風の魔術で乾かしながら歩いた。内職男子(生産、解析などで室内で働く術士は内職系と呼ばれている)とか、
妻の目がある店のショーウィンドウに向けられたことにも逃さず気づき(全意識を妻に向けていたからな)足を止めた。
妻の視線は鮮やかな若葉色のコサージュに向けられていた。
「君に、似合う色だね」
「っ!?」
口にした言葉に勢いよく振り返られ、何か間違ったのか!? と、じわった汗だが、真っ赤になったイーシアから、ありがとうございますと、くれた笑顔に見惚れてしまった。
「私の一番好きな色なのです」
その言葉は一生忘れまいと記憶した。
私はあのコサージュが気になり、なんとか、一人でこっそり買いに行きたくて機会をうかがっていた。
彼女にコサージュ渡し、そして伝えるのだ。君は名ばかりの妻ではないと。
そして彼女は美しい笑顔に涙を浮かべ感動するだろう。うん。完璧だ。
しかし彼女と離れるタイミングなど起こらない。
あまり店から離れては意味がないので少々強引ではあるが、本屋に入り、探したい本があるからと、彼女から離れ、走った。普段から身体を動かすことの少ないデスクワーク。コサージュを購入し、少し走っただけでも流れ出る汗を風の魔術で飛ばし妻のもとへ戻った。
ふ……、後は、屋敷に戻り渡すだけだ。
早くあの笑顔が見たかった。
そして、迎えた感動のシーン。
「君に一番似合うこの色を付けていてほしい」
差し出したコサージュにはっと、両手で口を覆い驚きを表すイーシア。――しかし、目に入ってしまったのだ。イーシアの斜め後ろに控えたタマオの笑顔から、瞳から感情が消えた瞬間を、見てしまったのだ。
じわる汗。
“タ、タマオ? 何? どうしたの? ねぇ”
念を飛ばしてみるが、
“…………”
無言に吹き出す汗。
“ちょ、ねぇ! タマオ!? 答えて! 怖い!”
“……イルジオン様……”
“なになに!? ねぇ!”
“その品はイーシア様が作り、店に納品したものでございます”
ふぁああああああっ!?
音となって口からは出なかったが魂が悲鳴を上げた。
待って、待って、待って、じゃ、今、イーシアはどんな顔してコレ見てんの!? どんな顔して私を見てんの!?
「あ、ありが、とう、ございます……」
震える声が どんな表情から出されたものなのか、怖くて彼女の顔を見ることはできなかった。
その後。
「イルジオン様、私からのフォローが欲しかったら、まるっと全て、隠さずお話くださいませ」
正座させられた私はつつみ隠さず、まるっと全て今日の行動をタマオに話した。
へるぷタマオ……。
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