第73話 ルルード
そろそろ子供たちの使う教室が完成しようかというころ、ルルードがエルネルさんやルルードの両親に連れられてやってきた。
男の子だというのは聞いていたが、背はかなり小さく、ビルフォードたちと並べても違和感がない。中性的な顔立ちをしていて髪も長かったので、最初は女の子かなと思ったほどだ。
「こんにちは、ルルード。もうエルネルさんからは聞いていると思うけど、ここの里で学校の先生をやってる。今日はよろしくな」
「…………!」
握手しようと手を差し出したものの、ルルードは恥ずかしがって、何も言わずに両親の後ろに隠れてしまった。
「……すいません。
「なるほど」
直前にエルネルさんから聞いた話によれば、ルルードは、生まれつき喉のほうに異常があり、言葉をしゃべることが出来ない。また、極度に大人しい性格もあって友達が出来ず、最近は学校にも行かず、ふさぎ込んでいることが多かったそうだ。
言葉でなくても、身振り手振りなど、自分の気持ちを伝えることは可能だが、人見知りにとって、言葉という最大のコミュニケーションツールを奪われたのは辛いものがある。
それに、そんな状態で――あまりこういう事を言いたくはないが――所謂『普通』の子供たちの中に放り込まれるのはさらにキツイ。
容易に想像できる。なんで喋らないの、なんか言ってみてよ――子供たちというのは良くも悪くも純粋だから、悪気もないまま、真正面から心をえぐってくることもある。
もし、ルルードが通っていた学校でそういうことを言われていたとしたら、俺がこの子の状況でもこうなってしまったかもしれない。
しかし、だからといってそのままでも良くない。家で過ごして教養も魔法も見に着くわけではないから、ご両親も悩んだ末、エルネルさんに相談をしたのだ。
うちの生徒たちは気を遣える子ばかり(だと思う)から、もし仮にルルードが新入生として入ってきても、いい先輩として仲良くしてくれるはずだが……。
「あ、先生! もしかして、そいつが新しくウチに来るヤツ?」
「ジン……お前、みんなと待ってろっていったろ?」
「へへ、ちょっと勉強道具を家に忘れてさ……いや、そんな怖い顔しないでよ。謝るから」
「まったく」
五人の中で一番真っ先に会わせたくないヤツが来てしまった。人見知りの子との付き合いはアリサで慣れていると思いきや、アリサは幼馴染ということもあってジンとだけはよく喋っていたので、ルルードのようなタイプとの付き合いは初めてだ。
「……エルネルさんが連れてきたからもしかしたらと思ったけど……やっぱりハイエルフなんだ」
「ジン」
「大丈夫だよ、ちょっと挨拶するだけだって。コイツの名前は?」
「はあ……ルルードだ」
「いい名前じゃん、ありがと」
俺に一言礼を言って、ジンが両親の足にしがみつくルルードへ一歩、また一歩とゆっくりと近づく。
「…………!」
「よう、俺はジン。この里では一番の闇魔法使いだ」
「お前しかいないからな」
「先生、いちいち突っ込まないでくれよ……まあ、とにかく、ここに来たからにはこの俺がビシバシ鍛えてやるから覚悟し――」
と、ルルードへ手を差し出そうとした瞬間、ジンの動きがピクリと止まった。
「ん? ん~??」
「…………!」
何か不審な点でもあったのだろうか、ジンがしかめっ面のまま、どんどんルルードへと近づいていく。
ちょっと挨拶するだけって……そんなに睨んだらルルードが怖がるだ――。
「……!!」
ペチン。
「ぶっ」
「え?」
と思った瞬間、ルルードがジンの頬を殴ったのだ。ジンが、ではなく、ルルードが。
力が弱いこともあってジンはまったく痛がっていなかったが、あまりにも意外なことだったので、その場にいた全員が驚いてしまった。
「なんだよコイツ! せっかくだから優しくしてやろうと思ったのに、いきなり殴ることないだろ、しかもすっげえ口悪いし」
「ん?」
口が悪い――今、ジンはそう言ったか。
ずっと様子を観察していたが、ルルードは一言だって口にしていない。両親の後ろに隠れて、ジンのことをじっと見ていただけだ。
まあ、これに関しては不思議なことじゃない。ジンには『精霊の囁き』があって、相手の心をある程度読むことが出来る。口が悪いというのは気になるが、まあ、それは今はいい。
問題は、なぜルルードがジンのことを殴ったか、だ。
ルルード同様、先程の場面はジンもしゃべってはいない。ちょっと睨んでいたが、それだけでルルードがジンに殴りかかるなんてことは考えづらい。
と、いうことは。
「ジン、この子もしかして――」
「うん。こいつ、俺と同じ『囁き』持ちだよ」
ルルードもまた、ジンの心の内を読んだということで。
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